金沢地方裁判所 昭和55年(行ウ)2号 判決 1987年11月27日
原告
稲元三郎
外四名
原告ら訴訟代理人弁護士
梨木作次郎
同
手取屋三千夫
同
菅野昭夫
同
加藤喜一
同
鳥毛美範
同
久保雅史
被告
中西陽一
右訴訟代理人弁護士
堀家嘉郎
同
越島久弥
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた判決
一 原告ら
1 被告は、石川県に対し、金一七億二一〇〇万円及びこれに対する昭和五五年二月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 第一項につき仮執行宣言。
二 被告
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告らは石川県(以下「県」という。)の住民であり、被告は県の知事の職にあり、地方自治法に基づき県の事務を管理執行する者である。
2 被告は、県を代表して、昭和五四年一〇月三一日、学校法人金沢女子短期大学(代表者理事長宮下与吉。以下「大学」という。)との間で、同大学から、次のとおり土地建物を購入する売買契約(以下次の(三)(四)の契約内容はともかくとして、この契約を「本件契約」という。)を締結した。
(一) 売買物件
(1) 土地 別紙物件目録(一)記載のとおり(以下「本件土地」という。)。
(2) 建物 別紙物件目録(二)記載のとおり(以下「本件建物」という。)。
(二) 売買価格(合計四八億五〇〇〇万円)
(1) 本件土地 四二億五〇〇〇万円(一平方メートルあたり約二二万三〇〇〇円)
(2) 本件建物 六億円
(三) 所有権移転登記時期 昭和五四年一一月六日
(四) 代金支払時期 昭和五四年一一月一七日八億二五〇〇万円を支払い、その後昭和五八年まで分割にて支払う。
3 本件土地は、右契約当時大学の校舎敷地として利用されており、都市計画法上の住居地域、風致地区に指定されていたところ、同土地に近接し類似の位置環境にある金沢市石引四丁目三五五番の宅地(以下「石引の標準地」という。)の地価公示法に基づく公示価格(昭和五四年度。以下単に「公示価格」という。)は一平方メートルあたり一〇万二〇〇〇円(以下一平方メートルあたりの価格を「単価」という。)であった。従って、本件契約の価格は右公示価格の約2.2倍高額ということになる。
4 右のように高額な、適正価格を著しく超える売買価格が被告によって決定され、大学と本件契約が締結されるに至った経緯は次のとおりである。
(一) 被告は昭和五三年六月頃、大学が本件土地からの移転を計画しているとの情報を得たので、同年八月頃大学に対して、県において本件土地及び同建物を買い受けたい旨申し入れた。
(二) 大学は、右移転に要する費用が七〇億ないし八〇億円見込まれていたので、県との売買契約に際しては、適正な時価を無視してでも、売買代金名下に右費用を県に支弁させようとの意図を有しており、この意図の下に、株式会社総合鑑定所に別表③の、株式会社石川県不動産鑑定事務所に同④の各鑑定評価書をそれぞれ作成させ、昭和五四年一月末に被告に提出した。
しかし、右各鑑定評価は、本件土地については、次の(1)及び(2)に述べるとおり、その地域性、環境等を無視し、地価公示法八条、一一条等に違反し、「不動産鑑定評価基準」(住宅宅地審議会の昭和四四年九月二九日建設大臣宛答申。以下「基準」という。)に照らしても甚だしく妥当性を欠くという違法かつ不当なものであった。
(1) まず別表③の鑑定評価は、本件土地について、取引事例比較法による比準価格を求め、その単価を二二万五〇〇〇円とし、また高級分譲マンションの建設を想定した開発方式による土地価格の単価を二〇万二二〇〇円と試算し、周辺の基準地(国土利用計画法施行令七条に基づくもの。以下同じ。)の調査価格を規準として算出した単価二二万五四七〇円との均衡も考慮し、結局右比準価格を本件土地の価格として採用して、これに同土地の面積を乗じて得た四二億八七六〇万円をもって本件土地の価格と評価している。
ところで、「基準」によれば、取引事例比較法は、「多数の取引事例を収集して適切な事例の選択を行ない、これらに係る取引価格に必要に応じて事情補正及び時点修正を施し、かつ、地域要因の比較及び個別的要因の比較を行なって求められた価格を比較考量し、これによって対象不動産の試算価格を求めるものである。」と定義され、この手法により求められた試算価格を「比準価格」と称する旨規定され、そして右にいう取引事例は、近隣地域又は同一需給圏内の類似地域に存する不動産に係るものであること、その取引事情が正常なものと認められるものであること、個別的要因の比較が可能なものであること、時点修正をすることが可能なものであることの要件の全部を備えるもののうちから選択しなければならない、とされている。
そうであるところ、本件土地及びその付近は都市計画法上の住居地域、風致地区に指定されており、商業地域ではない。また、本件土地のような広大な面積を有する土地の価格を求めようとするときは、地積が不動産の価格を形成する要因として重視され、一般的な経験則によれば、地積が過大であることは減価要因となる。さらに、当該取引の当事者が地方公共団体である場合の方が、個別的要因の比較としては本件土地により近似しているということになる。従って、取引事例比較法によって本件土地の正常な価格を求めようとするなら、「基準」に従い、本件土地と同じく住居地域、風致地区にある土地で、面積も本件土地程度に広大であり、かつ売買当事者も地方公共団体のものを取引事例として選択すべきであったのに、右鑑定評価は、本件土地の最有効使用(「最有効使用」とは、「不動産の価格は、その効用が最高度に発揮される可能性に最も富む使用(最有効使用)を前提として把握される価格を標準として形成される。」という「基準」における「最有効使用の原則」に基づく用語である。)を二万平方メートル前後の公共公益施設用地とし、かつ別紙取引事例目録一、二記載のような本件契約と酷似した事例があるのにこれを全く顧みることなく、本件土地と距離的にはるかに離れ、都市計画法上の商業地域もしくは近隣商業地域に属し、面積も本件土地とは比べ物にならない程狭小であり、かつ売買当事者も民間私人である事例を選択した。しかも、右鑑定評価は、右取引事例における取引価格について本件土地との地域格差及び個別的要因によって殆ど大きな減価修正をすることなく、本件土地の比準価格の単価を二二万五〇〇〇円と算出している。さらに、右鑑定評価は、本件土地が一部異形地や崖地を含んでいること、前記の地積の過大という重要な減価要因を全く無視し、右の単価に本件土地の面積一万九〇五二平方メートルをそのまま乗じて、本件土地の価格を四二億八六七〇万円と算出してしまっている。
すなわち、右に述べた事情によれば、右鑑定評価の行なった取引事例比較法は、「基準」の定める方法に反するものである。
また、右鑑定評価は、規準となる土地の価格との均衡を考慮するに当たっては、本件土地に近接し、同土地と同様に住居地域、風致地区に指定され、同一環境にある石引の標準地の公示価格(単価一〇万二〇〇〇円)を採用すべきであったのにもかかわらず、本件土地の最有効使用を「公共公益施設地」としながら右公示価格を採用せず、前記のように商業地域である同市幸町九三五番一の県の調査価格(国土利用計画法施行令九条に基づく標準価格の意味で、公示価格ではない。)の単価一六万八〇〇〇円を採り、しかもこれをわざわざ増加修正して単価二二万五四七〇円を算出している。このことは、標準地の公示価格と対象土地の価格との均衡の保持を定めた地価公示法八条、一一条に違反する。
(2) 次に、別紙④の鑑定評価は、取引事例比較法による比準価格の単価を二四万七〇〇〇円と算出し、これを公示価格を規準として求めた単価二四万一〇〇〇円、並びに分譲マンションを想定した収益還元法による単価二三万八〇〇〇円とそれぞれ対比して、結局右比準価格を採用し、この単価に本件土地の地積を乗じて本件土地の鑑定評価額を四七億〇五八四万四〇〇〇円としている。
ところで、右鑑定評価は、本件土地の最有効使用を公共公益施設地と評価しているから、別紙取引事例目録一、二記載のような公共公益施設地目的で売買された直近の距離にある住居地域、風致地区の中の同様の規模の地積を有する宅地の事例をもって取引事例とすべきであったにもかかわらず、商業地域もしくは近隣商業地域にある地積の狭小な、売買当事者及び売買目的等の個別的要因等の点でも本件土地の比準価格を求めるにはふさわしくないものばかりを取引事例として選択した。しかも右評価は、これらの取引価格をさらに増加修正したうえで試算価格を求め、その平均をもって前記の比準価格とした。その上本件土地の地積の過大さ、崖地の存在等の重要な減価要因を無視した。
すなわち、これらの事情に照らせば、右鑑定評価は「基準」に違反するものである。
そのうえ、右鑑定評価は、前記のとおり公示価格を規準として単価を求めるに当たっても、地価公示法八条、一一条を無視し、本件土地に近く、類似地域にある石引の標準地の公示価格を採らず、わざわざ中層店舗が並ぶ路線商業地域である金沢市野町二丁目一五七番の宅地の公示価格を規準として判断している。
また、右各鑑定評価は、本件建物については次のような問題点を有していた。すなわち、同建物は、大学の校舎として建築され、長年使用されてきたものであって、県が本件土地を取得するとしても、その構造及び建築年数や想定されるいかなる用途から考えても同建物はこれを解体収去するしかないことは明らかであり、また県としても本件契約締結当時から既に本件土地を新美術館建設用地として考えており、このことに照らしても同建物は収去するしかないものであった(現に昭和五六年八月、同建物は約一億一〇〇〇万円の費用で収去された。)。そうであるところ、「公有財産に関する事務の取扱いについて」(昭和三九年石川県総務部長通知)に定める「公有財産評価要領」(以下「要領」という。)は、建物の評価につき、それが右のように解体を条件として売買される場合には、「建物の解体によって生ずる素材価格から解体に要する経費を減額して求め、これと民間精通者の鑑定評価額とを比較検討の上決定する。」とし、「基準」は、「最有効使用の観点から建物をとりこわすことが妥当と認められる場合における建物及びその敷地の鑑定評価額は、当該敷地の最有効使用に基づく価格(更地としての価格)に建物の解体による発生材料の価格を加算し、とりこわし、除去、運搬等に必要な経費を控除して求める。」と規定している。従って、本件建物を収去予定建物として扱い、「要領」及び「基準」に従って鑑定評価するならば、本件建物の古さ及び一億一〇〇〇万円という収去費用からみて、その鑑定評価額は〇円になるかあるいはむしろマイナスになる(もし買主があえて最有効使用に反する建物を使用する場合には、土地の価格について建付減価を行なうから、価格については結果的に同じになる。)。ところが、別表③④の鑑定評価は、本件建物を存置建物として、これを七億二二四三万二〇〇〇円ないし七億四四四三万八〇〇〇円と評価していたため、本件契約の売買価格の決定の資料とすることは不適当であった。
(三) このように、右の二つの鑑定評価は、前記の如き大学の意図に迎合したものであり、買主たる県にとっては、売買価格の資料としてはならないこと、「要領」にいう民間精通者の意見たりえないことは、被告が知事としての後記5(二)の注意義務を尽くせば容易に判明することであった。しかし被告は、売買交渉においてこの大学の意図を知るや、これを容認し、本件土地建物の適正な時価を無視し、この時価に加えて相当額の移転費用を含めた価格を売買価格とすることを大学と合意した。
(四) その後被告は、「要領」の定め(後記5(二))に基づき、民間精通者の鑑定評価を求める必要があるとの判断から、昭和五四年四月二四日、財団法人日本不動産研究所金沢支所の不動産鑑定士に対して本件土地建物の鑑定評価を依頼したが、前記(二)に述べたような事情からすれば、被告としては、この依頼に当たっては、本件建物を解体収去を予定した建物としての適正な価格を鑑定評価させるべきであったのに、逆に存置建物として鑑定評価させた。
被告は、同年五月二日、同財団法人から別表①の鑑定評価書の提出を受けたが、右の鑑定評価は、本件土地については、その最有効使用を「中層事務所地」とし、調査価格を規準とした単価を一八万二〇〇〇円、取引事例比較法による比準価格の単価を一九万四〇〇〇円ないし二〇万円、収益還元法による単価を一八万六〇〇〇円としたうえ、地積の規模大、不整形地、崖地部分を含む等の諸要因について合計二〇パーセントの減価を行ない、眺望が優る点で三パーセントの増加修正をしたうえ、本件土地の単価を一五万八〇〇〇円、総額を前記の各鑑定評価より一二億ないし一七億円低い三〇億一〇〇〇万円と鑑定し、また本件建物については、これを存置建物として七億一九〇〇万円と鑑定していた。
そして、被告としては、右の鑑定評価の提出を受けた時点で相当の注意を払えば、本件土地の適正価格が右の三〇億一〇〇〇万円を超えないことは優に判断しえたことであった。
(五) ところが、被告は、本件土地について、右の鑑定評価を何ら合理的な理由もないのに大学との売買の参考資料とせず、さらに昭和五四年五月九日三井信託銀行株式会社金沢支店の不動産鑑定士に改めて鑑定評価を依頼したが、この依頼に当たっても本件建物を解体収去する建物としての適正な価格を鑑定させるべきであったのに、逆に存置建物として鑑定させた。
被告は同年五月二六日右の不動産鑑定士から別表②の鑑定評価書の提出を受けたが、以下の事由によれば、この鑑定評価もまた地価公示法八条、一一条等に違反した違法かつ不当なものであり、また本件建物についてもこれを存置建物として鑑定評価しているという別表①の鑑定評価と同様の問題があって、これを売買価格決定の資料にすべきでないことは、被告が知事としての後記5(二)の注意義務を尽くして検討すれば容易に判明しえたものであった。
すなわち、右鑑定評価は、本件土地の最有効使用を「ホテル又は文化的、伝統的施設例えば文化ホール等の公共的施設用地」と判定したうえで、取引事例比較法によって求めた比準価格の単価を二二万一〇〇〇円とし、これに不整形地及び崖地部分による減価率一〇パーセントを乗じた額を控除した一九万九〇〇〇円を、本件土地について分譲マンションを想定した原価法による単価一七万五〇〇〇円と比較し、また調査価格を規準として算出された単価一七万三〇四〇円との均衡を考慮したうえ本件土地の単価とし、同土地を総額三七億九一三四万八〇〇〇円と鑑定した。しかし、その取引事例比較法において選択した事例はすべて商業地であり、かつ面積も狭小であり、距離的にも本件土地と離れていて、取引事例としてはすべて不適当なものばかりである。さらに右鑑定評価は本件土地の地積が過大であることを何らの減価要因としていない。従って、右鑑定評価は「基準」に反するものであった。
また右鑑定評価は、前記の均衡を考慮する価格の算出に当たり、地価公示法八条、一一条に違反し、商業地における基準地を採用した。
(六) 従って、被告は、知事として、石川県財務規則(昭和三八年石川県規則六七号。以下「規則」という。)一八九条、二一九条(その内容は後記5(二)記載のとおり。)に従い、売買価格について大学と合意をする前に「規則」及び「要領」の定める価格評定員による価格評定をさせ、その際には右②ないし④の各鑑定評価は売買価格の資料、すなわち「規則」二二〇条(その内容は後記5(二)記載のとおり。)及び「要領」にいう民間精通者の意見として扱われないようにすべきことは、被告が知事としての後記5(二)の注意義務を尽くして検討すれば容易に判明することであった。
しかし、被告は、右の「規則」及び「要領」の規定に反し、別表②の鑑定評価書の提出を受けるや、価格評定員による価格評定を行なうことなく、かつ、本件土地については、前記四つの鑑定評価のうち別表①の鑑定評価を何ら合理的理由がないのに交渉の資料から除外し、逆に前記のとおり採用すべきでないその他の三者の本件土地の鑑定評価額の平均値四二億六一二九万七〇〇〇円を基にして同年四月から七月下旬まで大学と交渉し、同年八月下旬には売買価格を四二億五〇〇〇万円とすることで大筋において妥結を見、また本件建物についても、その頃売買価格を六億円とすることで大筋において妥結し、九月中旬には細部についての協議を遂げ、この段階で売買価格についても売主と事実上の合意に達してしまっていた。
(七) 続いて被告は、売買価格決定に資するため、「規則」二二一条(その内容は後記5(二)記載のとおり。)により、石川県財産係長辻村政和を価格評定員に任命し、同人をして本件土地及び同建物の価格評定(以下「本件評定」という。)を行なわせた。この場合も、本件建物のように買主たる県にとって何の役にも立たずただ解体収去するしかない建物があるときは、被告としては、同建物の価値を〇円と評価し、売買契約締結に当たりかような無価値の建物に県民の血税を支払うようなことは避けるべきであり、そのために、「規則」一八九条、二一九条、二二〇条及び「要領」の要求する価格評定に当たっては、本件建物は解体収去すべきものとしてこれを評定するよう指示すべきであったのに、そのような指示をしなかった。
その結果、同年九月二一日同人より本件土地を四三億円、同建物を六億九九五一万四〇〇〇円と評価する評定調書の提出を受けたが、以下の理由によれば、本件評定もまた「規則」、「要領」、地価公示法八条、一一条に違反した違法かつ不当なものであり、また解体収去を予定している本件建物をすべて存置建物として評価したものであって、これを売買価格決定の資料にすべきでないことは、被告が知事としての後記5(二)の注意義務を尽くせば容易に判明することであった。
すなわち、まず右評定は、本件土地について「要領」に定める基準価格を判定するに当たり、同土地は非課税地のため課税標準価格がないので、固定資産課税標準価格を基にした価格、相続税課税標準を基にした価格は算出できないとして、「要領」にいう売買実例を基にした価格の算定を行ない、本件土地を四三億円と評価している。しかし、「要領」は、そのような場合、「採用する売買実例価格は、当該土地の近傍に所在する類似の品位の土地の売買実例価格とし、日本不動産研究所調査の土地価格推移指数等による時点の修正を行なうほか、必要に応じ取引成立の経緯、地上物件の状況、その他特殊事情を参酌の上売買実例価格を修正するものとする。」と定めているのにもかかわらず、右評定は、前記のように本件土地が住居地域、風致地区に指定され商業地ではなく、また本件土地の直近に別紙取引事例目録一、二記載のように右にいう本件土地の類似の品位の土地の売買実例があるにもかかわらず、売買実例をすべて商業地の狭小な宅地に求めている。また、「要領」は、「評価格は、次式の要領により算定評価格を算出し、民間精通者の鑑定評価格と比較検討の上(両者の平均額を標準とする。)決定するものとする。」と規定しているにもかかわらず、右評定は、右の民間精通者の鑑定評価額のうち、前記①の日本不動産研究所のそれを右の平均額算出に当たり故意に除外し、その他の同②ないし④の鑑定評価額のみをもって平均額の資料とした。しかも、右三者の各鑑定評価は、前記のとおり地価公示法八条、一一条、「基準」などに照らして甚だしく妥当性を欠くものであり、これを「要領」にいう民間精通者の意見として取り扱ったり、売買価格の資料とすべきでないことは、被告や担当職員が相当の注意を払って検討すれば容易に判明することであり、右のような問題点も容易に是正できることであった。
(八) ところが被告は、本件土地については、被告の依頼した別表①の最も低額な評価をした鑑定評価を故意に除外し、同②ないし④の各鑑定評価及び本件評定を基礎に大学と交渉の詰めを行ない、右の評定額四三億円を基に、別表②ないし④の各鑑定評価額の平均四二億六一二九万七〇〇〇円を基礎として、最終的に売買価格を四二億五〇〇〇万円と決定し、その旨大学と合意した。また、本件建物については、前記の価格評定員の評定額六億九九五一万四〇〇〇円を基に、別表①ないし④の各鑑定評価額の平均七億二七六二万九〇〇〇円を基礎に、最終的に売買価額を六億円と決定し、大学と合意した。
そして被告は、県を代表して、昭和五四年一〇月四日右を売買価格とする売買契約の予約についての覚書を、大学と締結した。
(九) そして、被告は、本件契約を締結することについて、昭和五四年一〇月九日から開かれた同年第四回県議会において、同日、議案第一二号「財産の取得について(本多の森整備用地)」として提案した。
右議会の審議において被告は、委員会及び本会議を通じて、右契約の内容、特に売買価格については殆ど何の根拠も示さず、売買価格決定の過程については、求められてもこれをひた隠しに隠そうとし、かろうじて会期途中において別表②ないし④の各鑑定評価につきその存在及び評価額のみを明らかにしたが、議員からの度々の要求にもかかわらず鑑定者の氏名及び鑑定評価の内容は明らかにしなかった。そして別表①の鑑定評価についてはその存在すら故意に隠蔽し続けたが、会期最終日の昭和五四年一〇月二二日になり、総務企画委員会において一委員より追及を受けて、右鑑定の存在のみ明らかにした。しかし右鑑定評価の存在は全議員に周知されることなく、右議案は同日の本会議において賛成多数で可決された。被告のこの行為は、県議会の議決を騙し取ったに等しい。
(一〇) そして、右議決に基づき、被告は県を代表して本件契約を締結した。
5(一) 普通地方公共団体(以下単に「地方公共団体」という。)の長(以下「長」という。)の地方公共団体に対する損害賠償責任については民法の規定が適用され、その要件のもとで、長は地方自治法二四二条の二第一項四号の住民訴訟の対象となる損害賠償義務を負うこととなるというべきである。
(二) そして、地方公共団体が不動産を購入する際の代金の決定は、通常、長の裁量事項であるので、右代金の決定が裁量権の逸脱もしくは濫用にあたる異常なものである場合、当該売買契約の締結行為は不法行為としての違法性を帯び、所定の要件の下で、民法上の不法行為責任としてこれにより地方公共団体が被った損害を賠償する責任を負う。
そうであるところ、長としての県知事は、以下のような不法行為(民法七〇九条)上の注意義務を負っているものというべきである。
すなわち、不動産の購入は多額の県税の出捐を伴うものであることに照らせば、とりわけ本件のように巨額な売買価格の場合には、県知事が県の執行機関として売主との交渉を行ない、売買契約の内容を合意し、県を代表して売買契約を締結するに際しては、「規則」及び「要領」所定の手続を履践しなければならないのはもとより、その全過程を通じて、購入物件の性質、権利状態、価格等について十分な調査を行ない、特に価格についてはできるだけ適正妥当な額で取得し、県に損害を与えないように努めるべき注意義務がある。ここに適正妥当な価格とは、公示価格を規準として評価した価格であり、本件土地については少なくとも別表①の鑑定価格である三七億二九〇〇万円を上回らないことは明白である。
このような注意義務の存在は、条理上からいっても当然である。ちなみに国土利用計画法一四条一項、一六条によれば、同法一二条に規定する規制区域に所在する土地について権利の移転等の契約をするに際しての都道府県知事の許可基準として相当な価額によることを規定しており、このことに照らしても、知事が自ら県を代表して売買契約を締結する際にもできるだけ適正妥当な価格で取引すべき右条理上の注意義務が要請されるといわなければならない。
のみならず、右注意義務の存在は、以下のような法令上の根拠を有している。すなわち、地方自治法一三八条の二によれば、長としての知事は、その職務を処理するについて、一般に誠実に管理し執行する義務を負担している。そして「規則」は、公有財産取得前の措置として、その一八九条で「購入、交換、寄附その他により、公有財産を取得しようとする場合は、あらかじめ当該財産について必要な調査を行ない、権利の設定又は特殊の義務があるときには、これを消滅させ、またはこれに関し必要な措置を講ずるものとする。」と規定し、購入などの場合に、県に損害を与えないように十分な調査を行なうべきことを要求している。また、取得しようとする物件の価格評価については、「規則」二一九条は、「土地及び建物を取得し、管理しもしくは処分し、又は借り受ける場合は、二人以上の価格評定員に価格の評定を行なわせるものとする。」とし、同二二〇条は、「土地または建物の価格は、適正な時価によって評定するものとする。この場合にあっては、精通者の意見及び売買実例を参考にして当該物件の品位及び立地条件等を総合し、公平かつ妥当な価格を算出するものとする。」と定めている。この価格評定員は、その重要性に鑑み、「規則」二二一条によって「知事が任命又は委嘱する」ものとされている。そして「規則」を受けてさらに、「要領」は、右価格評定員の評価の基準を詳細に定めるとともに、「評価格は次式の要領により算定評価格を算出し、民間精通者の鑑定評価格と比較検討の上(両者の平均額を標準とする)決定するものとする。」として、「規則」二二〇条にいう「精通者の意見」を重要なものとして位置づけ、「要領」第一の6で民間精通者を不動産鑑定士などに限定するとともに、同7では、同記載以外の場合は民間精通者の鑑定評価を省略することができないと規定している。このように、「規則」や「要領」が土地及び建物を取得等する場合の価格評価について詳細な定めをしている趣旨は、特に土地及び建物という不動産を取得するについては多額の出捐を伴うことが通常であることに鑑み、県知事をして売買交渉に先立ち当該不動産について適正妥当な価格とかけ離れた不動産の取得による損害を回避せんとしたものであり、従ってこれら法令からして、県知事は、「規則」や「要領」の要求する手続を履践しなければならないのみならず、価格評定員の評価が「要領」に定める基準に合致している適正なものであること、及び民間精通者の鑑定評価が地価公示法や「基準」などに照らし妥当なものであることが前提として要求されているといわなければならない。そして、担当者のみならず県知事もまた、地方自治法一五四条に定める職員に対する指揮監督権を相当の注意をもって行使し、これら諸規定を担当職員に遵守させねばならず、かつ自らが売買交渉、契約締結に当たる際も、県知事の裁量権はこれら法令の定めに覊束されるといわねばならず、従ってこれら法令の趣旨からいっても前記注意義務の存在は明らかである。
また、地方自治法九六条一項五号が本件のような契約の締結に議会の議決を要求している以上、知事は契約の適否を十分に審議できるように、その内容を議会に十二分に説明すべき注意義務も負っている。
従って、県知事が以上の条理上、契約上、法令上の注意義務を怠り、適正価格を著しく超える価格で売買契約を締結した場合には、当該県知事の行為は不法行為における故意または過失による違法行為との評価を受けることになる。
(三) また、知事はその代表する地方公共団体と民法上の委任関係にあり、委任契約における受任者として善良なる管理者の義務を履行しなければならないところ、売買契約の締結はその委任義務の履行にあたるから、県知事において右(二)の各注意義務に違反して裁量権の濫用または逸脱に当たる異常に高額な代金で売買契約を締結すれば、民法上の債務不履行としてこれにより県が被った損害の賠償責任を免れない。
(四) ところが、被告は、前記4のとおり右の各注意義務に著しく違反し、適正価格に加えて相当額の移転費用を県に支弁させようという大学の意図に迎合し、本件土地については、自己の依頼したもっもと低額な別表①の鑑定評価を故意に除外して、売買価格決定の根拠にしてはならない違法な同②ないし④の鑑定評価をあえて基礎とし、本件建物についても、いずれも本件建物を存置建物として鑑定しているため売買価格決定の参考とすべきでない同①ないし④の鑑定評価を正当な評価として扱い、また本件建物を存置建物として六億九九五一万四〇〇〇円と評定した本件評定をも売買価格決定の基礎とし、さらに県議会にはこれらのことを故意に隠そうとし、その結果裁量権を著しく濫用または逸脱して、本件土地建物の適正価格(本件土地については本来公示価格を規準として算定されるべきであるが、少なくとも別表①の鑑定価格である三〇億一〇〇〇万円を上回らない。また、本件建物については〇円である。)を著しく超えた異常な高額の売買代金で本件契約を締結し、県に右売買価格支払債務を負担させてしまった。
6 ところで、本件土地は公簿面積一万九〇五二平方メートルにおよぶ広大な土地であり、その環境も風致地区に属し、それまで学校用地として利用されて来た土地であって、その面積、地域性からいって買手を得ることが極めて困難な性質の土地であった。すなわち、民間私人ないし私企業がこれを取得しても採算可能な投資とは到底いえず、勢い地方公共団体や公法人等にでもこれを売りつけなければおよそ売買が成立する可能性がない土地であったといえる。加えて、売主である大学は、当時既に学校用地の全部移転を決定し実施中であり、その資金を早急に捻出せねばならず、本件土地を必ず売却しなければならない情況にあった。従って、本件土地の売買は、著しく買手優位の売買であって、その購入価格も適正な時価で契約を締結することは容易であった。従って、本件土地の売買に当たって、被告がこれを適正な価格で県に取得させることは可能であった。
仮にそうでなかったとしても、本件土地は行政目的上不可欠ではなかったのであるから、県に損害を与えてもなお取得しなければならない必要性はなく、その場合には被告はその購入を差し控えるべきであった。
7 従って、被告は、県に対し、民法上の不法行為もしくは債務不履行による損害賠償として、被告の本件契約の締結によって県が被った損害を賠償する義務を負うところ、右契約によって、県は合計四八億五〇〇〇万円の売買代金支払債務を負担するに至り、このうち本件土地については、右売買価格と適正な価格との差額に相当する債務額の損害を被ったものであり、その額は少なくとも右売買価格四二億五〇〇〇万円と別表①の同土地の鑑定評価額金三〇億一〇〇〇万円の差額である一二億四〇〇〇万円を下らない。また、本件建物については、県は何の効用もなく解体収去するだけの同建物のために六億円もの代金支払債務を負担させられたのであり、少なくとも右同額の損害を被ったものというべきである。
8 原告らは、本件契約について昭和五四年一一月一六日地方自治法二四二条第一項に基づき監査請求を行なったが、昭和五五年一月一一日右請求は棄却された。
9 よって、原告らは、地方自治法二四二条の二第一項により県に代位して、不法行為もしくは債務不履行による損害賠償請求権に基づき、被告に対し、金一一億二一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五五年二月一四日(不法行為による損害賠償請求権については弁済期経過後、債務不履行による損害賠償請求権については弁済期の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2のうち、(三)及び(四)は否認し、その余は認める。
3 同3のうち、石引の標準地が本件土地に近接し類似の位置環境にあることは否認し、その余は認める。
4 同4について
(一)は認める。
(二)のうち、大学が昭和五四年一月末別表③及び④の鑑定評価書を被告に提出したこと、及び県が昭和五六年八月訴外清水真柄特別共同企業体に本件建物の収去を約一億一〇〇〇万円で請負わせ、その工事が開始されたことは認め、その余は否認する。
(三)は否認する。
(四)のうち、被告が「要領」の定めに基づき民間精通者の鑑定評価を求める必要があるとの判断から昭和五四年四月二四日財団法人日本不動産研究所金沢支所の不動産鑑定士に対して本件土地建物の鑑定評価を依頼したことは認める。
(五)のうち、被告が同記載の日に三井信託銀行株式会社金沢支店の不動産鑑定士に改めて鑑定評価を依頼したこと、及び同記載の日に右の不動産鑑定士から別表②の鑑定評価書の提出を受けたことは認め、被告が別表①の鑑定評価を何ら合理的な理由もないのに大学との売買の参考資料としなかったこと、別表②の鑑定評価が地価公示法八条、一一条等に違反した違法かつ不当なものであったこと、これを売買価格決定の資料にすべきでないことは被告が知事としての注意義務を尽くして検討すれば容易に判明しえたこと、及び第三、第四段は否認する。
(六)は否認する。
(七)のうち、同記載のように本件評定を行なわせたこと、及び同記載の日に同記載のような評定調書の提出を受けたことは認め、右評定が「規則」、「要領」、地価公示法八条、一一条に違反した違法かつ不当なものであり、これを売買価格決定の資料にすべきでないことは被告が知事としての注意義務を尽くせば容易に判明することであったこと、及び第三段は否認する。
(八)のうち、県と大学との間で売買価格を本件土地については四二億五〇〇〇万円、同建物については六億円と合意したこと、及び同記載の日に右を売買価格とする売買契約の予約についての覚書を締結したことは認め、その余は否認する。
(九)のうち、前段は認め、後段は議案が可決されたことは認めるが、その余は否認する。
(一〇)は認める。
5 同5について
(二)のうち、「規則」の各条項の存在は認め、第三段、第四段中「このような」から「当然である。」まで、及び第五段以下は否認する。
(三)のうち、知事が代表する地方公共団体と民法上の委任関係にあり、売買契約の締結はその委任義務の履行に当たることは争う。
(四)のうち、被告が注意義務に違反し、本件土地について、自己の依頼した最も低額な別表①の鑑定評価を故意に除外して、売買価格決定の根拠にしてはならない違法な別表②ないし④の鑑定評価をあえて基礎とし、さらに県議会にはこのことを故意に隠そうとし、同土地の適正価格を著しく超えた異常な高額の売買代金で本件契約を締結したことは否認する。
6 同6及び7は否認する。
7 同8は認める。
三 被告の主張
1 本件契約に至る経緯は以下のとおりである。
(一) 兼六園、金沢城及びいわゆる本多の森は一体として広く県民に親しまれた地域であり、県としては、本多の森を芸術、文化ゾーンと位置づけ、県民の憩の場としての整備を進めていたが、昭和五三年六月頃大学が本件土地建物からの移転を計画しているとの情報を得たので、右土地が金沢市における極めて貴重な都市空間であり、その所有権が県以外の者に移転した場合には右の本多の森周辺整備計画にも重大な支障を来すとの見地から、同年八月頃、県において同土地を買い受けたい旨大学に申し入れたところ、大学は本件土地建物を一括してなら売却してもよいという意向を示したので、売買条件等についての交渉を始めた。
(二) 交渉に入った当時、大学は本件土地建物をできるだけ高く売却し、その代金をもって大学の移転費用を賄うとの基本方針に立って、売買代金は少なくとも五〇億円を上回るものとするという意思をもって県との交渉にあたり、昭和五四年一月末には別表③及び④の鑑定評価を示し、県に対し六〇億ないし七〇億円という価格の提示主張を続けてきた。県としては大学の右のような方針や意思を知る由もなく、大学の示した右鑑定評価額の価格を引き下げるべく交渉を重ねた。
(三) 一方県は、本件土地建物の数量及び購入に必要と予測される予算規模からみて、また、大学との折衝に資するため、大学から提出を受けた鑑定評価の外に「要領」に基づき民間精通者の鑑定評価を求める必要があるとの判断から、昭和五四年四月二四日、財団法人日本不動産研究所金沢支所に対して本件土地建物の鑑定評価を依頼し、同年五月二日別表①の鑑定評価書の提出を受けた。
県は、右の別表①の鑑定評価について検討したが、本件土地の鑑定評価額三〇億一〇〇〇万円は、同土地に幅員一二メートルの両側歩道付舗装道路を敷設したうえで、一区画一五〇〇平方メートルの中層事務所用地とした最有効使用を前提とし、評価対象面積の約一二パーセントにあたる二三四〇平方メートルを道路敷地として、その価格を〇円と査定するとともに、その他の個別的格差による減価要因をみて算定されたものであるところ、これは県が想定している本多の森周辺整備計画とは甚だしく相違する観点に立ったものであったので、右鑑定評価をもって売買交渉に直接資することは適切ではないと判断した。
(四) このため、県は、昭和五四年五月九日、三井信託銀行株式会社金沢支店に改めて本件土地建物の鑑定評価を依頼し、同年五月二六日別表②の鑑定評価書の提出を受けた。同鑑定評価においては本件土地の最有効使用を近隣地域の標準的使用、対象地の個別的要因より判断して、「ホテル又は文化的、伝統的施設例えば文化ホール等の公益的施設用地」と捉えたうえでその価格を三七億九一三四万八〇〇〇円と評価しており、この評価に当たっての最有効使用はおおむね県が想定している本多の森の整備計画と合致していたため、土地売買価格の交渉においてもこの鑑定評価額を参考とするのが適当であると判断された。
(五) 県と大学の間においては、右のように双方が不動産鑑定士による本件土地建物の鑑定評価額を掌握した頃から、売買価格を含む具体的な契約条件について交渉が進められた。昭和五四年九月中旬頃、売買条件の基本事項につき交渉が大詰めに近づいたことから、県は、最終的価格交渉と財産の取得に必要な予算の算出に資するため、「規則」一八九条、一九〇条の規定に基づき必要な調査及び関係書類の整備を行ない、また被告は同二二一条により価格評定員二名を任命して本件土地建物の価格評定(本件評定)を命じたところ、同人らは、「要領」に従い、昭和五四年九月二一日、本件土地については四三億円、本件建物については六億九九五一万四〇〇〇円とする評定調書を作成した。
(六) 大学は、前記のとおり六〇億ないし七〇億円という価格の提示を続けていたが、予定通り昭和五六年四月の移転を実現させるためには、どうしても昭和五四年九月の県議会において予算の議決を得たうえ、県と売買契約を締結しなければならない状況に追い込まれたため、宮下理事長の決断によって、県に対して四八億五〇〇〇万円という提案をし、県もこれを了承するに至った。すなわち県は、本件土地については評定調書の評価額四三億円を基に、別表②ないし④の鑑定がいずれも鑑定対象地の最有効使用においてほぼ同様の観点に立つものであることから、この三者の鑑定評価額の平均値四二億六一二九万七〇〇〇円を参考にして、最終的に四二億五〇〇〇万円と決定し、本件建物については、評定調書の評価額六億九九五一万四〇〇〇円を基に別表の四つの鑑定評価額に大きな相違のないことから、その平均値七億二七六二万九〇〇〇円を参考として交渉を進めた結果、売買価格を六億円と決定し、その旨大学と合意した。このようにして、結局大学の当初の提示額を下回る価格で本件売買契約が成立するに至ったのである。
県と大学は、売買価格につき右のように合意が成立したことから、昭和五四年一〇月四日、本件土地建物の売買契約の仮契約(覚書)を締結した。
(七) その後、本件契約につき県議会の議決を経て、被告は県を代表して大学と本件契約を締結した。
2 本件においては、要するに本件契約の売買価格が違法であるか否かが争点となるところ、地方自治法二三二条の四第一項に照らせば、知事は同条の支出を命令する権限を有する職員にあたるから、知事が損害賠償の責任を負うのは右支出命令が違法であるときであるところ、ここにいう違法な支出命令とは、法律上支出できないもの、すなわち例えば予算に計上されていないもの、予算に計上されていても当該支出が強行規定に違反するもの、当該債務発生の原因である法令ないし契約が無効であるもの(単に取り消しうべき瑕疵のあるものについては、取り消されるまでは有効であり、当事者は履行の責任を負うから、ここにいう法律上支出できないものにあたらない。)等に限られる。
しかるに、地方自治法、地方財政法その他関係法令には地方公共団体が不動産を取得する場合の価格については何らの規定もない。また、地価公示法八条及び一一条は、不動産鑑定士が鑑定評価を行なう場合には公示価格を規準とすべきことを定めた単なる訓示規定であり、これに反しても当不当の問題を生ずるにとどまり、違法となるものではなく、そのうえ公示価格は実勢取引価格に照らして低いのが通例であって、国や公団でさえ公示価格の二倍ないし三倍で土地の売買を行なっている。さらに、不動産鑑定士による鑑定評価は、当事者が売買価格を交渉する場合の資料となるにとどまるものであって、それが拘束力を持たないことは、原告ら主張のとおり不動産鑑定士四名による別表①ないし④の鑑定結果がそれぞれ食い違っていることによっても明らかである。また、石川県財務規則二二〇条は、「土地または建物の価格は、適正な時価によって評価する。この場合にあっては、精通者の意見及び売買事例を参考として、当該物件の品位及び立地条件等を総合して公平な価格を算出するものとする。」と定め、「要領」には、「評価格は次式の要領により算定評価格(利用効率または需給関係により価格の修正を必要とするものについては、修正後の価格をもって算定評価格とする)を算出し、民間精通者の鑑定評価格と比較検討のうえ(両者の平均額を標準とする)決定するものとする。」とされているけれども、これらは県内部における評価手続を定めた抽象的な手続規定であるにとどまり、その算定価格を上回る価格による財産の取得を禁止する効力を持つものではない。
そして、地方自治法二三二条の三は、支出負担行為が法令または予算の定めに従うべき旨を定めているが、同条にいう「法令」とは民法を指し、地方公共団体の締結する売買等の私法上の契約については当然に契約自由の原則が適用される。すなわち、売買価格は買主たる県が一方的に決定することはできないのであって、売主との間に合意が成立しなければ契約が成立しないことは自明の理であるし、政策実施上土地の取得が必要である場合には、売主との交渉の結果妥結した価格で購入せざるを得ないものである。
要するに、本件契約は有効であり、従ってその売買価格については、原告らの主張によっても、その当不当が問題となるに過ぎず、違法性の問題は生じない。
3 長その他の地方公共団体の職員の公金の支出等は、一方において議会の議決に基づくことを要するとともに、他面法令の規定に従わなければならないのはもちろんであり、議会の議決があったからといって違法な支出が適法となるものではない。しかし、地方公共団体の行為を規制する法令の規定がない場合には、議決があれば足りるものというべきである。そうであるところ、地方公共団体が財産を取得する場合の対価については、財産を処分する場合(地方自治法二三七条二項)と異なり、前記2のとおり何ら地方自治法に定めがなく、ただ同法二三二条の三において契約等を法令または予算の定めに従って締結すべき旨を定めているだけである。従って、契約自由の原則が適用される本件契約について、議会の議決があった以上、売買代金について当不当の問題を生ずる余地はあっても、違法の問題は生じない(なお、同法二三七条二項によれば、財産を処分する場合についてさえも、議会の議決があれば適正な対価によらずして処分することができるとされている。)。仮に売買代金が高すぎて公序良俗に反するとしても、それは議会の責任であって、長の責任ではない。
原告らは国土利用計画法一四条一項、一六条を援用して知事の適正妥当な価額で取引すべき義務を主張するが、地方公共団体が当事者の一方であるときは、同法一四条及び一六条の適用はなく、知事との協議をもって同法一四条の許可とみなされる(同法一八条)けれども、地方公共団体が一定の面積及び金額の土地を取得するときは地方自治法九六条一項及び同法施行令別表第二の定めるところにより議会の議決を経なければならないのであるから、結局右の売主と知事との協議によって決定される売買価格とは議会の議決を経た金額であることに帰する筋合である。なお、国土利用計画法は、当事者の一方が地方公共団体である土地の取引について、同法一五条所定の対価の額等の届出義務を免除している。
また、契約に係る地方公共団体の効果意思は議会の議決によって形成されるものであり、表示行為たる契約の締結は長の権限及び責任に属するものである。長は議案の提出権を持つにとどまり、議案及び予算案の提出行為は議会の議決により成立する効果意思形成の準備行為であって、議会は長の提案をその裁量判断により自由に否決、修正または可決することができ、それが可決されたときに初めて地方公共団体としての効果意思が確定するのであり、また議会の議決により効果意思が確定した以上、長は代表者として表示行為たる契約の締結をするとともに、契約の履行としての財産の取得及び代金の支払を行なう義務を負うことになるのである。従って、被告の本件契約締結行為を目して地方自治法一三八条の二に違反するとする余地はなく、また交渉に当たって価格決定の一要素として用いられた鑑定評価額の当否をとらえて本件売買価格の違法を問題にすることはできない。
4 長は議長から出席を求められたときに初めて議場に出席する義務を負う(地方自治法一二一条)。そして、長が提出する議案について説明書を提出するのは、予算その他事務に関する説明書のみであり(同法一二一条)、予算に関する説明書の種類、内容は法定されている(同法施行令一四四条)。そして、他に長に対して議案の審議資料を議会に提出すべきことを求める規定はない。一方、議会は、議案の審議に当たっては、独自の判断により、その権限として長に対して説明の要求、意見の陳述及び意見書の提出を求めることができ(同法九九条)、地方公共団体の事務に関する調査、関係人の出頭及び記録の提出を請求することができる(同法一〇〇条)。要するに、議会は独自の立場から議案を審議するのであり、議会に対する長の議案説明が不十分であっても、議決の効力には影響を及ぼすことはなく、被告が別表①の鑑定評価を最初から議会に提出しなかったことは議会側の審議の妥当性にかかることがありうるにとどまり、違法性が問題となる余地はない。その上、本件では右鑑定評価の提出後、別表①ないし④の鑑定評価額を資料として検討のうえ議案が可決されたのであるから、妥当性の問題も解消されている。
なお、被告が当初県議会に別表①の鑑定評価を提出しなかった理由は以下のとおりである。すなわち、昭和五四年八月上旬、大学の宮下理事長は、予定通り昭和五六年四月までに移転を完了するためには早期に交渉を妥結し、昭和五四年九月に議案を県議会に提出してもらう必要があったので、本件土地については右鑑定評価を除く三者の鑑定評価額の平均に準拠し、本件建物と合わせて四八億五〇〇〇万円で売渡すことを決断し、その旨杉山栄太郎副知事に申し込み、県はこれを検討した結果、これを承諾した。当初、県議会に対して説明資料として別表②ないし④の鑑定評価を提出したのは、県議会に提出した売買議案及び予算案に計上された売買価格が右三者の平均額であったためであるにすぎず、議会を欺く等の違法、不正な意思は全くなかったし、また審理の中途において議会の要求により別表①の鑑定書を提出するに至ったものである。
5 本件のようないわゆる住民訴訟の地方自治における制度的意義は、住民の直接参政の手段、地方公共の利益を擁護する手段及び違法不当な地方財務会計の管理運営に対する司法統制の手段に求められる。これらの制度的意義についての正しい理解、すなわち住民訴訟の消極的かつ抑制的本質、納税者保護及び地方公共団体の行政の公正の維持、並びに地方行政に対する不当な干渉・圧迫の回避という観点に立脚して考察すれば、住民訴訟の対象となる長の行為は、単純な手続法違反・過失行為では足りず、刑事法的違法行為、またはこれに準ずべき地方公共団体の行政運営の公正維持という点から見逃すことのできないような重大かつ悪質な違法行為、ないしは司法権による統制を不可避とするような腐敗行為ないしは法によって無効としてその効力を否定しなければならないような客観的に明白かつ重大な違法行為に限定されなければならない。また、国家賠償法上の公務員個人に対する求償(同法一条二項)に照らしても、商法二六六条の三に照らしても、地方自治体の機関または職員の行為について地方自治法二四二条の二第四号所定の損害賠償責任を求める請求が認容されるためには、その違法が地方自治体職員として地方財政事務の常識上見逃しできないような重過失を犯した場合や、財政上の不正に当たることを認識していた場合に限定されるべきである。かように解しないときは、現代における複雑高度化した行政において軽微な過失による違法な権利侵害についてまで常に当該公務員に個人責任を負わしめることとなり、公務員が萎縮して公務の円滑な遂行が麻痺する結果となる。
さらに、住民訴訟の制度は、地方公共団体の機関もしくは職員による財政上の腐敗行為を防止、是正する措置の一環として設けられたものであり、住民をして行政行為の当否を是正させることを目的とするものではないことに鑑みれば、その対象とすべき違法行為とは、地方公共団体の機関もしくは職員に裁量権が与えられているときは、裁量権の逸脱もしくは濫用行為に限られるというべきである。
しかるに、本件で問題となっている被告の行為はかような行為にあたらない。
6 地方自治法二四三条の二第一項後段は、支出負担行為(同法二三二条の三により支出の原因となるべき契約その他の行為と規定されている。)等につき、これを行なう職員が故意または重大な過失により法令の規定に違反して当該行為をしたことにより地方公共団体に損害を与えたときは、当該職員は地方公共団体に対して損害賠償責任を負うと規定し、地方公共団体の職員が同条一項の規定により地方公共団体に対して損害を賠償する場合には、賠償責任に関する民法の規定は適用しない(同条九項)と規定している。ここにいう職員には長を含み、支出負担行為をする職員とは長を指す。そして、被告は知事として出納長に対して支出命令をする権限を有し、右支出命令に基づいて出納長が本件土地売買代金を支出するのであるから、県の被告に対する損害賠償請求権は、地方自治法二四三条の二との関係においては、同条一項二号により、故意または重大な過失により法令の規定に違反して支出命令をしたことによって地方公共団体に損害を与えたときに限って発生するものであり、民法の不法行為や債務不履行の規定は適用されない。しかるに、本件においては被告の故意または重大な過失による法令の規定違反行為は存しない。
7 被告の注意義務違反を主張する原告らの主張は、知事や市町村長が、不動産の鑑定評価について不動産鑑定士より高い知識を有することを法律上要求されていることが前提となって初めて成立するものであるが、公選によって当選するならば何人でも知事に就任しうることを考えるならば、この主張は前提を欠き、失当である。不動産鑑定士は「不動産の鑑定評価に関する法律」によって国家試験である不動産鑑定士試験に合格した者であって、不動産鑑定について高度の専門的知識を有する者であるから、その鑑定価格は高度の信頼性を持つものというべく、それを自ら検討して誤りを発見しなかったことをもって過失であるということはできない。また、知事は地方自治体に列挙された膨大な行政事務のすべてに精通していることはできないのであって、副知事、助役以下の職員が専門的知識を有する補助職員としてこれを補佐するのであるから、担当職員によってなされた価格評定の内容が妥当でないとしても、そのゆえに知事が議会の議決に基づいて契約を締結することが過失となるものではない。
8(一) 本件土地については、価格評定員が「要領」に定める本件評定を行ない、基準価格を決定するに当たり、固定資産税課税標準価格及び相続税課税標準価格を基とした価格を基準価格決定の一つの要素とすることについては、評定対象の本件土地が学校用地であって固定資産税が非課税であり、隣接する周辺土地も同様であったため、この方法による算定は行なわなかった。
また、売買実例を基礎とした価格の算定については、本件土地の近隣地域の標準的使用及び個別的要因より判断して、本件土地の最有効使用を「ホテル又は文化ホール等の公共施設用地」と判定したところから、都市計画法所定の商業地域及び近隣商業地域から四地点を選び、その売買価格に時点修正率及び特殊事情による修正率を乗じて時価を算出し、これら四実例による修正時価を平均して平均修正単価二五万六〇〇〇円を算出してこれを基準価格と決定した。この時点修正率は、標準価格の線引対象都市計画区域商業地の対前年度変動率より算出し、また、特殊事情による修正率は、国土庁土地局地価調査課監修の土地価格比準表により算出したものである。ついで評定対象地1万9052.71平方メートルのうち1万8286.71平方メートルについては、整形状況等から判断して奥行逓減率0.9を乗じ、二三万〇四〇〇円の修正単価を算定し、また崖地七六六平方メートルについては崖地格差率0.441を乗じて一万二八九六円の修正単価を算定し、それぞれの面積に修正価格を乗じて得た価格の合計額四三億円をもって評定価格とした。
なお、本件土地は都市計画法上住居地域、風致地区に指定されているが、商業地域に接する場所にある。一方、原告らの主張する石引の標準地は本件土地から約七〇〇メートル離れた住宅地の中心にある。そして県は本件土地を兼六園及び本多の森周辺整備のため取得したものであって、住宅用地として取得したものではないから、県の立場からいえば、石引の標準地は本件土地と類似する利用価値を有するものとはいえなかった。さらに、石引の標準地の公示価格は昭和五四年に新規に設定された地点にかかるもので、右地点及び公示価格が官報に公示されたのは昭和五四年四月二日である。従って、右公示価格のみを根拠として本件売買価格が違法であるとする原告らの主張は失当である。
(二) 本件建物については、「要領」においてはその基準価格を再取得価格(当該建物と同等の建物の評価時現在における新築価格)を基とすることとし、必要に応じ、修正取得価格(当該建物の建築または売買時の価格に対しその後の価格の変動率を乗じて得た価格)または同等もしくは類似財産の新品の売買実例等を参酌して再取得価格を修正するものとしており、前記評定調書の評定価格算出に当たっても上記要領の定めるところによっている。すなわち、まず本件評定の対象たる本件建物の構造、用途、規模別に、県土木部営繕課の昭和五四年度予算単価をもって評価時現在における当該建物と同等の建物の再取得価格を算出して、要領に定める耐用年数及び残存率表を用いて得た評定対象建物の現況修正率を乗じて七億五〇〇七万三〇〇〇円の評価格を算出し、この価格と民間精通者の鑑定評価による評価額(県と大学が鑑定依頼した別表①ないし④の鑑定評価額)を参考とするとともに、耐用年数を経過したものと認定した木造建物2678.01平方メートルの評定価格を〇円として、最終的に六億九九五一万四〇〇〇円を本件建物の価格と算定した。
本件建物については、県は当初から取り壊す方針で買ったものではなく、県立泉丘高校の新築に伴う仮校舎としての使用、新設の県立野々市高校の校舎としての暫定使用、一部改築のうえ文化教育施設としての利用等の案を部内で検討していた。一方、昭和四八年頃から県立近代美術館の建設を要望する関係団体の陳情、要望が相次いでいたので、これらの要望を受けて、県は学識経験者から新美術館建設につき具体的な提案助言を受けるため、昭和五四年五月「石川県新美術館建設懇談会」を設置した。同懇談会は、昭和五四年一二月三日本件土地を中心とした本多の森に新美術館を早期に建設されたい旨の要望書を被告宛に提出したので、県は、昭和五五年二月「石川県新美術館開設準備委員会」を設置して、新美術館建設の基本構想、建設場所、建設規模及び日程等について諮問し、また、兼六園周辺の総合的整備につき各界の提案助言を受けるため、同年同月「兼六園周辺(文化ゾーン)整備懇話会」を設置し、右整備の一環として新美術館の建設場所についても懇話会の意見を求めた。同年三月同懇話会は右建設場所は本件土地が適当であるという結論を出し、その旨を知事に提言した。また、同年四月県教育委員会に新美術館開設準備室が設置され、開設準備の事務を行なうこととなった。同年五月二六日、石川県新美術館開設準備委員会は、被告に対し、「新美術館の基本構想について」と題する答申をしたが、その内容のうち新美術館の建設場所については本件土地が最適であり、違和感の残る既存の本件建物は開館までに撤去することが望ましいということであった。右答申を受けて、県は本件土地に新美術館を建設する方針を最終的に決定した。
また、前記1のように、売主である大学は本件土地建物を一括してでなければ売らないとの態度を堅持して交渉に当たっていたのであるから、県としては土地だけを買うことは不可能であり、一方県は右のように当初本件建物を利用する方針であったから、不動産鑑定士にその方針を伝え、存置建物として評価がなされた。そして、本件建物は、その四者の鑑定価格は七億円を上回るほぼ一致した額となっているから、使用に耐える財産価値を有していたことは明らかであり、鑑定価格には何らの違法もない。
(三) 従って、本件土地及び建物の売買価格は妥当なものである。
9 県が大学に支払ったのは、八億二五〇〇万円であり、その余はまだ支払っていない。従って、仮に売買価格が違法であるとしても、未払い代金四〇億二五〇〇万円については、未だ損害は発生していない。
また 前記のとおり公示価格は単なる訓示規定にすぎないから、本件売買価格がこれを上回るからといって、この差額をもって損害ということはできない。
本件契約における四八億五〇〇〇万円という金額は、別表②ないし④の各鑑定評価格の平均であって、本件評定価格に比して約一億五〇〇〇万円低く、民間の取引実例に比しても県に有利な価格であるから、これによって県が損害を被ったことにはならない。
四 被告の主張に対する原告らの認否
1 被告の主張2は争う。
2 同3のうち、本件契約について県議会の議決があったことは認める。
3 同5のうち、第一段は争う。
4 同8(二)のうち、県は本件建物について当初から取り壊す方針で買ったものではなく、県立泉丘高校の新築に伴う仮校舎としての使用、新設の県立野々市高校の校舎としての暫定使用、一部改築のうえ文化教育施設としての利用等の案を部内で検討していたことは否認する。
5 同9は争う。
五 被告の主張に対する原告らの反論
1 被告は、本件契約の民事上の効力が有効である限り、代金の支払を違法とすることはできない旨主張するが、この主張は本件契約の民事上の効力と本件における違法性の問題とを混同する的外れな議論である。
2 被告は、本件契約の締結について県議会の議決を経ているから違法性の問題は生じないと主張するが、本件のように、違法性が議会の議決の欠缺以外の他の事由に係っている場合には、議会の議決があるからといって違法性が治癒されるものではなく、右議決は、規則及び要領の定める手続が履践されていることが前提としてなされているのであり、この義務違反があることを免責することまで議決したことにはならない。
3 長の支出負担行為については地方自治法二四三条の二の適用はなく、民法の不法行為及び債務不履行が適用されるべきであり、この点に関する被告の主張は失当である。仮に被告の主張するように、本件の如き支出負担行為について同条が適用されるとしても、職員たる知事の県に対する損害賠償責任は地方自治法二四三条の二に照らし故意または重大な過失による法令違反行為に限られるべきではなく、右条文の要件を充足しないときは、民法の不法行為及び債務不履行の規定が適用になり、その要件のもとで被告に損害賠償義務が発生するというべきである。さらに、仮に被告の主張するとおり本件において被告が責任を負うのは故意または重大な過失による法令違反行為に限られるとしても、被告の行為は右の要件を充足することは明らかである。
4 被告の注意義務について、本件で問題となるのは知事となった者の個人的判断能力ではなく、地方自治法一三八条の二などの義務等を負う地方公共団体の執行機関としての知事に要求される能力である。そして、知事自身に専門知識がなくても、副知事以下の職員が専門の知識を有する補助職員としてこれを補佐するのであるから、それら補助職員を指揮してその当否を判断することは被告にとって可能であった。
そればかりでなく、本件における被告の注意義務違反、裁量権の濫用行為は不動産取引社会における通例に著しく違反したものであり、通常の一私人としての相当な注意さえ欠くものである。
5 被告は、別表①の鑑定評価を採用しなかった理由について、右鑑定評価の考える最有効使用(中層事務所用地)と被告の考えていた本件土地の購入目的、用途(本多の森整備計画)が合致しなかったことを挙げるが、鑑定評価の目的は規則や要領が要求する本件土地の適正な時価を客観的に把握することであり、民間精通者である不動産鑑定士は、買主の主観的な購入目的、用途とは別に、客観的に見て当該土地の現況からその土地が最も高い価格を示しうる最有効使用は何であるかを評価し、これに基づき鑑定評価を行なうのであるから、本件土地の鑑定評価に当たって不動産鑑定士が考えたその最有効使用が県の主観的な購入目的と異なっていたからといって、本件土地の適正な価格の算出評価において右鑑定評価を排除する理由とはならない。
また、右鑑定評価が、道路敷地による減歩等を減価要因としているのは、本件土地の最有効使用を公共公益施設地ではなく中層事務所用地(すなわち商業地)とした以上当然のことであって、このことをもって右鑑定評価が本件土地の価格を不当に安く評価したことにはならない。
第三 証拠<省略>
理由
一訴訟要件等について
原告らが県の住民であること、被告が県の知事の職にあり、地方自治法に基づき県の事務を管理執行する者であること、被告が本件契約の締結について昭和五四年一〇月二二日県議会の議決を経て、同月三一日大学との間で本件土地を四二億五〇〇〇万円、同建物を六億円で買い受ける旨の本件契約を締結したこと、原告らが本件契約について昭和五四年一一月一六日地方自治法二四二条一項に基づき監査請求を行ない、右請求が昭和五五年一月一一日棄却されたことは、いずれも当事者間に争いがなく、本件訴訟が昭和五五年二月九日に提起されたことは、当裁判所に顕著である。
二長の損害賠償責任発生の要件について
1 いわゆる住民訴訟の制度として規定された地方自治法二四二条の二第一項四号所定の損害補填に関する代位請求訴訟は、住民において、同法二四二条一項所定の財務会計上の違法な行為または怠る事実を是正することを目的として、地方公共団体の有する損害賠償請求権を代位行使するものである。しかるに、同法二四三条の二は、普通地方公共団体のいわゆる出納職員、予算執行職員等同条一項所定の職員の行為による賠償責任につき、その一項において同項所定の職員が支出負担行為をしたことにより地方公共団体に損害を与えたときは、故意または重大な過失により法令の規定に違反して右行為を行なった場合に限りその損害を賠償しなければならない旨規定するなど、同条一項所定の職員の賠償責任に関する特則を定めているところ、右規定は、これが適用される場合には当該職員の地方公共団体に対する損害賠償責任については一般法である民法の規定の適用を排除する趣旨と解されるけれども、同項所定の職員には長は含まれず、従って、本件におけるような右の代位の対象となる同法二四二条の二第一項四号にいう長の支出負担行為による地方公共団体に対する損害賠償責任については、同法二四三条の二は適用されず、民法の規定が適用され、その要件の下で右の責任が発生すると解するのが相当である。
右に反する被告の主張は採用できない。
2 ところで、原告らは、被告の県に対する不法行為による損害賠償責任のほかに、長がその代表する地方公共団体と民法上の委任関係にあり、委任契約における受任者として善良なる管理者の義務を履行しなければならないところ、売買契約の締結はその委任義務の履行にあたるとして、被告の右委任契約上の債務不履行責任も主張する。しかし、長に債務不履行責任を問うためには、その前提として長が私法上の債務を負っていることを要するが、長と地方公共団体との間で個別具体的に委任契約を締結した場合は格別、本件のようにそうでないときは、長がその地位にあることのみをもって地方公共団体と委任契約の関係にあるということはできないし、長が負う地方自治法一三八条の二所定の義務は公法上の義務であって、そのほかにも長が地方公共団体に対し私法上の義務としての善良なる管理者の義務を負っているとは考えられない。従って、本件においては被告に対し民法上の債務不履行責任を問うことはできず、この点に関する原告らの主張は失当である。
3 次に、長の行為が地方公共団体に対する民法上の不法行為を構成する場合には、長はこれによって地方公共団体が被った損害を賠償する責任を負うものというべきであるが、長の財産取得契約の締結がいかなる場合に不法行為における違法性を帯びるものと評価され、地方公共団体に対する損害賠償責任を負担するに至るかにつき考察するに、一般に地方公共団体が財産を購入する場合、その対価について規制した法令の定めはなく、長による地方公共団体の財産購入契約の締結は裁量行為であると考えられるので、たとえ契約の締結につき議会の議決を得ている場合であっても、長においてその裁量権を濫用もしくは逸脱し、著しく高額な価格で財産を取得する契約を締結し、被告に債務を負担させた場合には、右行為は違法と評価され、民法上の不法行為の要件に従って長は地方公共団体に対し住民訴訟による代位行使の対象となる損害賠償責任を負うものと解するのが相当である。
これに対し被告は、財産購入の対価につき規制した法令の定めがない場合には、議会の議決を経ている以上、当該支出負担行為が違法と評価されることはないと主張するが、議会の議決も法令の定めに従って行なわれなければならず、右議決があったからといって法令上違法な行為が適法となるものではないところ、右契約が私法上の契約であって契約自由の原則が適用されることを勘案してもなお、長においてその裁量権を逸脱ないし濫用して著しく高額な売買契約を締結し、地方公共団体にその債務を負担させた場合まで不法行為責任を免れるものとすべきいわれはなく、長の事務の誠実な管理執行義務を定めた地方自治法一三八条の二の法意に照らしても、被告の右主張は採用し難い。また、長は、議会の議決がその権限を超えまたは法令もしくは会議規則に違反すると認めるときは一定の措置を採る義務ないし権限があり(地方自治法一七六条)、議会の議決があったからといって直ちに長がこれを執行する義務を負うものではないことに鑑みても、本件のような場合に当該契約が議会の議決を経ていることの一事をもって当該契約締結行為の違法性が阻却されると解することはできない。さらに、当該契約の有効性の有無の問題と右契約により債務を負担させた行為の不法行為における違法性の有無とは別次元の問題である(むしろ、当該契約が適法有効であるからこそ、当該地方公共団体はこれに基づく債務を負担して損害を被ることがあるのであって、当該契約が無効の場合にはそもそも地方公共団体が債務を負担することはない。)から、本件契約が適法有効であることをもって被告の不法行為上の損害賠償責任を否定する被告の主張も採用できない。
4 そうであるところ、地方自治法一三八条の二の定めに照らせば、一般的には、長としては、地方公共団体を代表して物件を購入する場合には、原告らの主張するように、できるだけ適正妥当な価格で取得し、地方公共団体に損害を与えないように努めるべき義務を負い、当該契約につき議会の議決を要する場合には、議会に対し契約の内容を十分に説明すべき義務も負っているものというべきであり、そのため県においては請求原因5(二)記載のような「規則」一八九条、二一九条、二二〇条、二二一条や「要領」等の規定が定められている(このうち「規則」の右各条項の定めについては当事者間に争いがなく、「要領」については原本の存在及び成立に争いのない甲第一五号証により認められている。)。しかし、購入価格は長において一方的に決定することはできず、契約の相手方の承諾が必要であること、地方公共団体が財産を譲渡する際の価格については、地方自治法二三七条二項により、適正な対価なくして譲渡することは一般的に禁じられているけれども、財産を購入する際の対価についてはこのような規定はなく、また財産を処分する場合であっても条例または議会の議決があれば適正な対価なくして譲渡することができる旨定められていること等に照らせば、長が右の義務もしくは「規則」「要領」の手続等に反したことや、購入価格が客観的に判断される適正価格を超えることをもって直ちに長の契約締結行為を違法と断ずるのは相当ではなく、前記の裁量権の濫用ないし逸脱の有無の判断に当たっては、契約締結に至る経緯、当該物件の価格等を総合的に検討して判断しなければならないものというべきである。
そこで以下、右の諸点について検討を加え、右違法性の有無につき判断することとする。
三本件契約に至る経緯
<証拠>を総合すれば、以下の1ないし11の事実が認められ、証人大戸宏、同辻村政和の各証言中この認定に反する部分は採用できない。
1 大学は、もと本件土地及び金沢市末町に校舎を有していたが、校舎が二か所に分かれていたため不便な点があったこと、本件土地は狭く、本件建物を含む同土地上の校舎は老朽化し、その補修費は年々増加の傾向にあったこと、金沢大学法文学部が金沢城外に移転する計画があり、県と同大学の協力体制が整いつつあるとみられたため、その機会に大学においても将来の発展を期する構想が生じたこと等の理由により、昭和五三年春頃より、本件土地の部分を金沢市末町に移転する計画の立案を始めた。
2 県は、昭和五三年六月頃右移転計画を知ったが、金沢市内の兼六園、金沢城、及びいわゆる本多の森は、一体として広く県民に親しまれた地域であり、県は兼六園周辺の本多の森を芸術文化ゾーンと位置づけ、県民の憩の場としての整備を図る方針を建てていたので、右地域内に位置する本件土地が金沢市における極めて貴重な都市空間であり、その所有権が県以外の者に移転した場合、右の整備計画にも重大な支障を来すことが予想され、しかもその両側には既に県有地があったので、県としては同土地の購入を強く希望し、同年八月頃大学に対して大学校舎の敷地である同土地を買い受けたい旨申し入れた(以上のうち、県が昭和五三年六月頃右移転計画を知ったこと、同年八月頃大学に対して同土地を買い受けたい旨申し入れたことは当事者間に争いがない。)。
3 大学としては、移転費用及び新校舎建設費用が七〇億ないし七五億円程度見込まれていたので、そのうち二〇億円は借入金で賄い、その余については、県からの右申し入れを契機として、本件土地建物の売却代金をもって充てることとし、その分を見込んでできるだけ高額で売却すべく、安い金額では同土地建物を手放さないとの強い姿勢で県と交渉に臨んだ。
4 県と大学は、昭和五三年暮頃から県総務部の深美管財課長と大学の大戸宏理事との間において交渉を開始したが、大学は、県との交渉に資するため、株式会社総合鑑定所及び株式会社石川不動産鑑定事務所に本件土地建物の鑑定評価を依頼し、別表③及び④の鑑定評価書を得て、昭和五四年一月末これらを県に提出した(以上のうち、大学が昭和五四年一月末右各鑑定評価書を被告に提出したことは当事者間に争いがない。)。
5 また、県としても、交渉の資料とするため、また「要領」の定め(請求原因5(二))に基づき民間精通者の鑑定評価を求める必要があるとの判断から、昭和五四年四月二四日、財団法人日本不動産研究所金沢支所に本件土地建物の鑑定評価を依頼し、同年五月二日、別表①の内容の鑑定評価書の提出を受けた。しかし、その鑑定評価額は別表③④のそれに比べてかなり低額であり、また後記6のとおり右鑑定評価との間で鑑定手法に相違がみられたので、県はさらにもう一つ鑑定評価を得ることとし、同月九日、三井信託銀行株式会社金沢支店の不動産鑑定士に改めて鑑定評価を依頼し、同月二六日別表②の内容の鑑定評価書の提出を受けた(以上のうち、被告が「要領」の定めに基づき民間精通者の鑑定評価を求める必要があるとの判断から昭和五四年四月二四日同財団法人に本件土地建物の鑑定評価を依頼したこと、被告が同年五月九日同銀行金沢支店の不動産鑑定士に改めて鑑定評価を依頼し同月二六日別表②の内容の鑑定評価書の提出を受けたことは、当事者間に争いがない。)。
6 本件土地の最有効使用につき、県の依頼した別表②の鑑定評価はこれを「ホテルまたは文化的、伝統的施設例えば文化ホール等の公益的施設用敷地」と、大学の依頼した同③の鑑定評価は「環境美を背景とした文化的、伝統的施設、例えば博物館、伝統美術工芸館、文化ホール、学校等公共公益的な施設の敷地」と、同じく大学の依頼した同④の鑑定評価は「公共公益施設地」とそれぞれ似通った判定をしていたのに対し、別表①の鑑定評価はこれを「中層事務所地」と異なった判定をしていた。県としては、本件土地購入後は前記本多の森整備計画に従い、これを何らかの公共用の施設地として利用する考えでいたので、別表①の最有効使用の判定はこれと異なることになり、また右四つの鑑定のうち三つまでが本件土地の最有効使用につきほぼ同様の判定をしていたので、交渉の資料から同①の鑑定評価を除外することとし、最有効使用の判定につき右のように多数意見であった同②ないし④の鑑定評価の額を基準として、深美管財課長の後任として昭和五四年四月に着任した浜本忠雄管財課長において、大学の大戸理事と交渉を続けた。
7 右の交渉においては、大学は前記のような事情から本件土地建物の一括売却を強く主張し、また売却価格については、別表③④の鑑定評価額が約五〇億ないし五四億円であったにもかかわらず、本件土地の両側が県有地であることを理由として本件土地建物合計で六五億円を提示し、最低でも五〇億円を要求したが、県としては五〇億円を少しでも下回る額を念頭において強い姿勢で交渉に当たり、また建物は不要であるから収去して本件土地のみを購入することを主張していた。しかし、交渉は平行線をたどって妥協の兆しがみえず、同年七月下旬になって手詰りとなった。この段階での大学側の提案は、県において本件土地建物を四八億五〇〇〇万円で購入し、この外に大学の紫明寮を六億五〇〇〇万円で購入し、また大学に対する補助金として二億円を交付するというものであったが、県としては、同年八月頃、被告、杉山栄太郎副知事及び松田篤之総務部長と検討した結果、交渉の経緯に鑑み、本件建物は購入せざるを得ず、本件土地と合わせて五〇億円以下なら購入すること、しかし紫明寮の購入は保留し、補助金二億円は交付できないことを被告において最終的に決断した。一方大学としては、大戸理事が、浜本課長との交渉の中で、本件土地建物合計で五〇億円を少し下回る額なら妥結が可能かも知れないとの感触を得たので、その旨宮下与吉理事長に報告し、同理事長において、その程度の線で妥協するか、あるいは、当時五〇億円を下回る代金額では大学内部の了解を得ることは難しいと考えられており、大学としても既に昭和五六年四月に移転を完了するとの方針を固めていた都合上、その時期に間に合わせるため県との交渉を打ち切って他の売却先を求めるかの決断をすることとなり、同理事長に交渉を引き継いだ。そして、同理事長と杉山副知事との交渉の結果、昭和五四年八月下旬頃、本件土地については本件評定及び別表②ないし④の鑑定評価に基づき四二億五〇〇〇万円、同建物については右評定及び別表①ないし④の鑑定評価に基づき六億円で、売買価格につき大筋において事実上妥結した(以上のうち、県と大学との間で本件土地建物の売買価格につき右のとおり合意したことは、当事者間に争いがない。)
8 これより先、被告は、「規則」二二一条(その規定内容は請求原因5(二)記載のとおりである。)により、財産係長辻村政和及び財産係主事窪田吉孝を価格評定員に任命し、同人らに本件土地建物の価格評定(本件評定)を行なわせていたが、同人らは、同年六月上旬ないし中旬頃評定調書の原案を作成し、その後同年九月二一日本件土地を四三億円とする土地評定調書、同建物を六億九九五一万四〇〇〇円と評価する建物評定調書を作成し、被告に提出した(以上のうち、被告が「規則」二二一条により同財産係長を価格評定員に任命し、本件評定を行なわせたこと、同人が同年九月二一日本件土地を四三億円、同建物を六億九九五一万四〇〇〇円と評定する評定調書を提出したことは、当事者間に争いがない。)。
9 県はその後、同年一〇月四日、大学と右7で妥結したとおりの内容で売買予約についての覚書を取り交した(このことは当事者間に争いがない。)。
10 被告は、同月九日から開かれた同年第四回県議会において、同日、本件契約の締結を議案一二号「財産の取得について(本多の森整備用地)」として提案した(このことは当事者間に争いがない。)。
右議会において、被告及び県の担当者は当初本件土地建物の買収価格は三社の鑑定評価(前記②ないし④の鑑定評価を指す。)に基づき決定した旨説明し、各鑑定評価額を明らかにしたが、鑑定人の氏名については本人の承諾を得ていないとして明らかにせず、また各鑑定評価の具体的内容についても公表しなかった。しかし、議会最終日である同月二二日の総務企画委員会において一委員より追及を受けて前記①の鑑定評価の存在が明らかとなり、県の担当者は「結果的には消極的な嘘をつくことになってしまった。ただ、われわれとしては、三社の平均を価格決定の基礎としたことは事実で、結果としては我々が依頼した四社のものの平均より若干高く決まったということでその説明が難しいこと、あるいは四社のうち三社の平均が決定した価格に近かったこと等をかんがみて、そういう形で発表しようということで相手方にも合意を得て急きょ決定したもので、そういう意味で発表の仕方に不手際があったことは認める。」と答弁し、鑑定評価をした四者の鑑定事務所名と各鑑定評価額を明らかにしたが、どの事務所がどの鑑定評価を行なったかについてはなお明らかにしなかった。そして、別表①ないし④の各鑑定評価額は全議員の周知するところとなり、同日の本会議において討議の後採決を行なったところ、右議案は賛成多数(一部反対)で可決された。
11 右議決に基づき、同月三一日、被告は、県を代表して、大学と本件契約を締結した(このことは当事者間に争いがない。)。
四本件土地の価格について
1 前記の通り、本件土地の売買価格は、別表②ないし④の鑑定評価の平均及び県の行なった本件評定を基礎として大学と交渉した結果合意に至ったものであるので、右の各鑑定評価及び本件評定の内容につき検討し、なお別表①の鑑定評価についても検討を加えて、同土地の価格が適正なものであったか否かについて判断をすることとする。
2 別表②の鑑定評価について
前記甲第二号証によれば、本件土地についての別表②の鑑定評価の内容は、以下のとおりと認められる。すなわち、右鑑定評価は、本件土地の最有効使用を「ホテル又は文化的、伝統的施設例えば文化ホール等の公共的施設用敷地」と判定したうえで、まず、取引事例比較法によって比準価格の単価を二二万一〇〇〇円と試算し、これに不整形地及び崖地部分による減価率一〇パーセントを乗じた額を控除した単価一九万九〇〇〇円を算出した。なお、本件土地は立地条件及び環境条件により稀少性が認められるとしてその地積が広大であることによる減価修正は特に行なわなかった。次に、取引事例比較法に関連づけて検討するため、価格時点現在において分譲マンションの建設を想定しその総収入から通常の建築費及び発注者が直接負担すべき通常の付帯費用等を控除して試算価格を求めるという方法により単価一七万五〇〇〇円を算定し、これと右取引事例比較法に基づく単価とを比較した結果、右の単価一七万五〇〇〇円は想定要素を含んでいるのに対し、取引事例比較法により得られた単価は信頼性の高い豊富な取引事例により得られたもので、市場性を適格に反映しており、規範性に富んだものであると判断して同単価を重視し、また同単価は基準地を規準として算出された単価一七万三〇四〇円とも均衡がとれていることから妥当と判断されることを理由に、結局右の取引事例比較法による単価を採用した。そして、この単価に本件土地の地積一万九〇五二平方メートルを乗じて、最終的に同土地の価格を総額三七億九一三四万八〇〇〇円と鑑定したものである。
ところで、<証拠>によれば、「基準」においては、取引事例比較法は、「多数の取引事例を収集して適切な事例の選択を行ない、これらに係る取引価格に必要に応じて事情補正及び時点修正を施し、かつ、地域要因の比較及び個別的要因の比較を行なって求められた価格を比較考量し、これによって対象不動産の試算価格を求めるものである。」と定義され、この手法により求められた試算価格を「比準価格」と称する旨規定され、そして右にいう取引事例は、近隣地域(鑑定対象不動産の属する地域であって、居住、商業活動、工業活動、農業など人間の生活と活動とに関して地域的にあるまとまりを示している地域)又は同一需給圏内の類似地域(近隣地域のもつ地域的特性と類似する地域的特性をもつ地域)に存する不動産に係るものであること、その取引事情が正常なものと認められるものであること、個別的要因の比較が可能なものであること、時点修正をすることが可能なものであることの要件をすべて備えるもののうちから選択しなければならない、とされていることが認められる。
そうであるところ、前記甲第二号証によれば、本件土地は合計面積一万九〇五二平方メートルという広大なものであり、同土地及びその付近は都市計画法上の住居地域(建蔽率六〇パーセント、容積率二〇〇パーセント)、並びに第二種風致地区(建蔽率四〇パーセント、建築物の高さ制限八メートル、道路境界より二メートル及び隣地境界より一メートル後退)もしくは第五種風致地区(建蔽率四〇パーセント、建築物の高さ制限一五メートル、道路境界より二メートル及び隣地境界より一メートル後退)に指定されているところ、右鑑定評価の取引事例比較法において採用された取引事例六例はすべて都市計画法上の商業地域(建蔽率八〇パーセント、容積率四〇〇ないし六〇〇パーセント)または近隣商業地域(建蔽率八〇パーセント、容積率三〇〇パーセント)であることが認められる(前記甲第三、第四号証中本件土地が第三種風致地区であるとする部分は採用できない。)。そして、このことにつき証人鐘ヶ江晴夫は、商業地域及び近隣商業地域にある右取引事例の土地の地域は住居地域にある本件土地の地域についての類似地域にはあたらないと供述するけれども、類似地域の判断は各不動産鑑定士によってかなりの見解の相違がみられるのが実情であり、本件のような住居地域に属する土地の鑑定評価における取引事例比較法の実施の際、住居地域に適切な取引事例がない場合には商業地域または近隣商業地域の事例を選択することもあり得(このことは証人鐘ヶ江晴夫の証言によっても窺われる。)、また、本件においては後記説示のとおり別紙取引事例目録一、二の事例を選択することが必ずしも妥当ではないともいえるので、これらの諸事情に照らせば、右鑑定評価の採用した取引事例の土地が商業地域もしくは近隣商業地域にあることの一事をもって、右取引事例の土地の地域が本件土地の地域の類似地域にあたらないと断ずることはできない。
もっとも、取引事例比較法によって本件土地の正常な価格を求めるようとするなら、「基準」に反しない範囲内で比較するならば、一般的には、本件土地と最有効使用を同じくし、かつ住居地域、風致地区における土地で、面積も本件土地程度に広大であり、売買当事者も地方公共団体のものを取引事例として選択するのが、地域的要因及び個別的要因の比較の観点からみてより妥当といえることは明らかである。そして、<証拠>によれば、かような要件を満たす取引事例として別紙取引事例目録一、二記載の事例(同目録二記載の事例の買主は国であると考えられる。)があるところ、右鑑定評価において選択された取引事例はいずれも商業地域または近隣商業地域の土地であり、面積も本件土地に比べて格段に狭小(六八平方メートルないし七一三平方メートル)であり、距離的にも本件土地と離れており、またいずれも私人間における取引であることが明らかである。しかしながら、前記甲第二号証によれば、右鑑定評価においてはいずれも昭和五二年三月ないし五三年一一月という新しい事例ばかりを選択し、これに地域要因による補正を施していることが認められるのに対し、同目録一の事例は本件契約の七年前という古い事例である。この点につき証人鐘ケ江晴夫は、事例が古い場合には時点修正を施せば足り、財団法人日本不動産研究所調査の市街地価格指数(成立に争いのない甲第二四号証により認められる。)に従えば昭和四七年三月の右事例を昭和五四年三月に時点修正するには約1.848を乗じればよい旨供述するけれども、取引事例が古ければ古いほど時点修正の信頼性が低下することは否めず、その上右事例は地方公共団体同士の取引であるから一定の事情補正を要するものとも推定され(現に、右事例の取引単価に右のとおり時点修正をすると昭和五四年三月における単価は約六万五〇〇〇円となって石引の標準地の同時期の公示価格の単価一〇万二〇〇〇円に比べてもかなり低額になるところ、前記甲第五号証及び弁論の全趣旨により成立の認められる甲第二七号証に照らして地域的要因及び個別的要因を比較検討すれば、右事例の地積の広大さを考慮に入れても、石引の標準地が右事例の土地より単価が高額とは考えにくいから、このことからも右事例が必ずしも正常な価格で取引されたものではないことが窺われる。)、他方、右鑑定評価で選択した各取引事例についても地域要因による補正を施して比準価格を算出することも可能であって、右のような二倍近い率を乗じて時点修正し、しかも場合によっては事情補正も施す方法が、果して商業地域または近隣商業地域における新しい取引事例を選択したうえで地域要因による補正を施す方法に比べてより適切といえるかは疑問なしとしない。従って、右鑑定評価が前者の方法を採用したことをもって必ずしも不当と断ずることはできないものというべきである。また、同目録二の事例は、証人辻村政和の証言によれば、県において積極的に厚生年金会館を誘致したため、同会館を建設するため極めて安価で国に売却した事情があるものであるところ、この点についても証人鐘ケ江晴夫は事情補正を施せば足りると供述するが、この場合の適切な事情補正は右の時点修正よりも困難であること考えられるから、このように同目録二の事例を選択して事情補正を施す方法を採らず右鑑定評価が採用したような方法をもって不当であるということはできない。
また、右鑑定評価は本件土地の地積が広大であることを減価要因とせず、前記のとおり算出した比準価格に本件土地の面積をそのまま乗じてその価格を算出しているところ、なるほど原告らの主張するように、一般的な経験則からすれば、地積が広大であることは減価要因となるものであるが(このことは証人鐘ケ江晴夫の証言によっても認められる。)、前記三の認定及び金沢市内においては公知ともいうべき本件土地の立地条件及び環境条件に照らせば、同土地はその最有効使用(これが公共用施設地と判定されるべきことは後記6のとおりである。)の観点からみて稀少性を有すると考えられるので、右鑑定評価が前記のように右の稀少性を理由に本件土地の地積が広大であることによる減価を行なわなかったことは首肯しえないものではない。
しかし、前記甲第二号証によれば、右取引事例比較法の実施においては、地域要因の比較に当たって行政的条件による一〇ないし二〇パーセントの減価修正(但し、本件土地の属する近隣地域を一〇〇とした場合に、取引事例地の属する近隣地域を一一〇ないし一二〇とする意味である。以下、行政的条件による減価については同様である。)を行なっていることが明らかであるが、前記甲第一号証並びに前記認定の本件土地と前記各取引事例との建蔽率及び容積率の規制の相違に照らせば、右の減価率は概ね四〇パーセントをもって相当とすべく(これを約一〇〇パーセントとすべき旨の証人鐘ケ江晴夫の証言部分は必ずしも採用の限りではない。)、右の減価率は低きに失するものと考えられる。
また、本件土地の最有効使用を公共的な施設用敷地と判定しておきながら、本件土地の収益性の観点から分譲マンションの建設を想定した方法により単価を試算することは、右鑑定評価においてはその最有効使用との不整合が自覚されており、他の鑑定手法による試算価格の相当性の検証に資するためのいわば補助的手段として用いられたことが看取されるにせよ、その当否は問題である。
そして、<証拠>によれば、右鑑定評価は、規準となる土地の価格との均衡を考慮するに当たって、本件土地に近接し、同土地と同様に住居地域にある石引の標準地の公示価格(単価一〇万二〇〇〇円)があるのにこれを採用せず、近隣商業地域で中層店舗地域である金沢市幸町九三五番一(これを商業地域であるとする甲第二号証中の記載部分は採用できない。)についての県知事の調査価格の単価一六万八〇〇〇円を採用したことが明らかであるが、この調査価格は国土利用計画法施行令九条に基づくものであって公示価格ではない(前記甲第七号証及び証人浜本忠雄の証言中には、調査価格は公示価格に代替しうる旨の記載部分及び供述部分があるが、この部分は法的根拠に乏しく、採用し難い。)ので、右鑑定評価は地価公示法八条に抵触するものというべきである。しかし、<証拠>を総合すれば、本件土地は県庁や市役所等の公共施設、兼六園や能楽文化会館、厚生年金会館等の公益文化施設のある地域に包含され、右鑑定評価時において金沢市香林坊や片町の高度商業地区とも一体となって発展することが予想され、現にそのように発展しつつある(公知の事実)が、他方、石引の標準地は、本件土地と至近の距離にあり、かつ行政規制が近似しているけれども、区画整然とした閑静な高級住宅地域にあり、南東側で幅六メートルの市道に接することが認められるから、両土地は地域的特性を異にしており、従って右標準地の公示価格を採用しなかったことは不当とはいえない。
3 別表③の鑑定評価について
前記甲第三号証によれば、本件土地についての別表③の鑑定評価の内容は、以下のとおりと認められる。すなわち、右鑑定評価は、本件土地の最有効使用を「環境美を背景とした文化的、伝統的施設、例えば博物館、伝統美術工芸館、文化ホール、学校等公共公益的な施設の敷地」と判定したうえ、取引事例比較法によって比準価格を求め、その単価を二二万五〇〇〇円と算定し、また収益性の検証に資するため高級分譲マンションの建設を想定して総販売収益から総費用を控除する方法により単価を二〇万二二〇〇円と算定し、周辺の基準地の調査価格を規準として算出した単価二二万五四七〇円との均衡も考慮し、結局右比準価格を本件土地の価格として採用して、その単価に同土地の面積を乗じて得た四二億八七六〇万円をもって、本件土地の価格と評価した。そして、右取引事例比較法により比準価格を算出するに当たっては、別紙取引事例目録一、二記載の事例を採用せず、本件土地と距離的に離れ、商業地域もしくは近隣商業地域に属し、面積も本件土地に比べて著しく狭小(六〇ないし四四四平方メートル)であり、かつ売買当事者も民間私人である取引事例五例(取引時期は昭和五一年六月ないし五二年一二月)を選択し、この取引価格について本件土地との地域格差について行政的条件により七ないし一〇パーセントの減価修正を施したが、本件土地の地積が広大であること、一部異形地や崖地を含んでいることによる減価は行なっていない。また、規準となる土地の価格との均衡を考慮するに当たっては、右鑑定評価は、石引の標準地の公示価格を採用せず、別表②の鑑定評価と同様に金沢市幸町九三五番一の調査価格を採用し、これに時点修正、標準化補正及び地域格差による補正(いずれも増加修正)を施しているものである。
そして、前記2において説示したところに鑑みれば、右鑑定評価についても、取引事例比較法において選択した事例の土地の地域が本件土地の地域の類似地域にあたらないとは断定できないし、右事例は、本件土地との地域的、個別的要因の類似性の点で問題があるにせよ、いずれも新しいものばかりであり、これらの事例を選択して別紙取引事例目録一、二記載の事例を選択しなかったことを必ずしも不当とすることはできない。また、本件土地の地積が広大であることによる減価を行っていないことも首肯しえないものではない。
しかし、まず、取引事例比較法の実施に当たって、取引事例の価格に対して施した行政的条件による右の七ないし一〇パーセントの減価率は、前記2において説示したところと同様低きに失するものである。また、異形地及び崖地による減価を行なっていないことも妥当性を欠くものである。そして、本件土地の最有効使用を「公共公益的な施設の敷地」と判定しておきながら、本件土地の収益性の観点から高級分譲マンションの建設を想定した方法により単価を試算することの当否も、別紙②の鑑定評価と同様問題である。
さらにまた、規準となる土地の価格との均衡の考慮については、前記甲第七号証及び弁論の全趣旨によれば、石引の標準地の公示価格は昭和五四年に新規に設定された地点に係るものであり、この地点及び公示価格が官報に公示されたのは昭和五四年四月二日であることが認められるところ、前記認定によれば右鑑定評価は同年一月末以前になされたことが明らかであるから、右公示価格を採用しなかったことをもって右鑑定評価が地価公示法八条、一一条に抵触するということはできないが、この場合に調査価格を採用し、結局、他の相当な公示価格を採用しなかったことは地価公示法八条に抵触するものといわざるをえない(なお、前記基準地が商業地域にあることのみをもってこの調査価格を増加修正したことが直ちに不当であるということはできず、右の不当性についての具体的証明はない。)。
4 別表④の鑑定評価について
前記甲第四号証によれば、本件土地についての別表④の鑑定評価は、以下のとおりと認められる。すなわち、右鑑定評価は、同土地の最有効使用を「公共公益施設地」と判定したうえ、取引事例比較法により比準価格の単価を二四万七〇〇〇円と算出し、これを調査価格を規準として求めた単価二四万二〇〇〇円及び公示価格を規準として求めた単価二四万一〇〇〇円と対比したところ均衡がとれており、さらに本件土地上に分譲マンションの建設を想定して総収益より総費用を控除する方法により試算した単価二三万八〇〇〇円を算出して、右比準価格の妥当性を検討した結果、右比準価格を採用し、この単価に本件土地の地積を乗じて本件土地の鑑定評価額を四七億〇五八四万四〇〇〇円とした。そして、取引事例比較法による比準価格の算定に当たっては、別紙取引事例目録一、二記載の事例を採用せず、いずれも商業地域もしくは近隣商業地域にある地積の狭小(五二ないし七一三平方メートル)な事例五例(取引時期は昭和五二年四月ないし五三年一一月)を採用し、これらの取引価格をさらに増加修正した(なお、行政的条件による減価修正を五ないし一〇パーセント施している。)うえで試算価格を求め、その平均をもって前記の比準価格とし、また、本件土地の地積の広大さ、崖地及び不整形地による減価は行なかった。また、均衡を考慮するための公示価格を規準とした単価を求めるに当たっては、石引の標準地の公示価格を採らず、中層店舗が並ぶ路線商業地域である金沢市野町二丁目一五七番の宅地の公示価格を規準としたものである。
しかるところ、取引事例比較法の実施に当たって採用した事例の土地が商業地域もしくは近隣商業地域であることをもって直ちに本件土地の地域が右取引事例の地域の類似地域でないとはいえないことは前記2で説示したところと同様であるし、前記甲第四号証によれば右事例はいずれも新しいものであることに鑑みれば、別紙取引事例目録一、二記載の事例を採用せず、右の新しい事例を採用したことをもって直ちに不当と断ずることはできない。また、本件土地の地積の広大さによる減価を行わなかったことも前記2で説示したのと同様首肯しえないものではない。そして、前記認定によれば右鑑定評価も石引の標準地の公示価格が公示される以前である昭和五四年一月末以前になされたものであるから、前記3で説示したのと同様公示価格との均衡を考慮するに当たり右標準地の公示価格を採用しなかったことをもって地価公示法八条、一一条に抵触するということはできない。
しかし、右鑑定評価が崖地及び不整形地による減価を行なっていないこと、行政的条件による減価を五ないし一〇パーセントしか施していないこと、並びに最有効使用に反する用途を前提として収益を計算する方法により単価を算出していることは、別表③の鑑定評価と同様問題があるといわざるをえない。
5 本件評定について
前記甲第五号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第一五号証、証人浜本忠雄の証言によれば、本件土地に関する本件評定については、以下のとおりと認められる。すなわち、「要領」は、土地の価格の評定に当たっては、基準価格は、固定資産税標準価格を基とした価格、相続税課税標準価格を基とした価格及び売買実例を基とした価格を基礎として決定するものと定めているところ、本件評定は、本件土地は非課税地のため課税標準価格がないので、固定資産課税標準価格及び相続税課税標準価格を基としての基準価格の算定は行なわないとして、本件土地の最有効使用を「ホテルまたは文化ホール等の公共施設敷地」と判定したうえで売買実例を基にした価格の算定を行ない、四例の売買実例を基にして、街路条件、交通接近条件、環境条件、行政的条件等による修正を施した後の修正時価の単価の平均を二五万六〇〇〇円と算定し、これに奥行逓減率一〇パーセントの減価を行ない、また崖地部分につき五一パーセントの減価を行なって単価二二万六〇〇〇円を算出し、本件土地を四三億円と評価している。しかるに、「要領」は、そのような場合、「採用する売買実例価格は、当該土地の近傍に所在する類似の品位の土地の売買実例価格とし、日本不動産研究所調査の土地価格推移指数等による時点の修正を行なうほか、必要に応じ取引成立の経緯、地上物件の状況、その他特殊事情を参酌の上売買実例価格を修正するものとする。」と定めているところ、右評定は、別紙取引事例目録一、二記載の売買実例を採用せず、取引実例をすべて商業地の狭小(一六三ないし444.50平方メートル)な宅地の事例(売買時期は昭和五一年九月ないし五四年七月)に求めている。また、「要領」は、「評価格は、次式の要領により算定評価格を算出し、民間精通者の鑑定評価格と比較検討の上(両者の平均額を標準とする。)決定するものとする。」と規定しているところ、右評定は、右の民間精通者の鑑定評価格のうち、前記①の鑑定評価格を右の平均額算出に当たり除外し、その他の三者の鑑定評価格のみをもって右平均額の資料としたものである。
しかるところ、これらの売買実例はいずれも新しいものであり、これらを採用して別紙取引事例目録一、二の売買実例を採用しなかったことは前記2で説示したとおり必ずしも不当とはいえない。
ところで、鑑定評価における最有効使用とは、鑑定評価の前提として客観的に判定されるものであり、現実の売買当事者の主観的使用目的とは別の問題であるから、最有効使用の判定が県の利用目的と異なることのみをもって別表①の鑑定評価を除外することは首肯しえないが、別表①の鑑定評価は後記6のとおりその最有効使用の判定につき相当性を欠くので、その鑑定評価の結果をそのまま採用することはできない。しかし、前叙のとおりその他の鑑定評価もそれぞれ問題点を包含していたのであるから、別表①の鑑定評価のみを「要領」にいう民間精通者の意見から除外したことは、「要領」の規定に照らし疑問があるものといわざるをえない。
6 別表①の鑑定評価について
前記甲第一号証によれば、本件土地についての別表①の鑑定評価の内容は、以下のとおりと認められる。すなわち、右鑑定評価は、本件土地の最有効使用を「中層事務所地」と判定したうえ、基準地の調査価格を規準とした単価を一八万二〇〇〇円、取引事例比較法による比準価格の単価を一九万四〇〇〇円ないし二〇万円、鉄筋コンクリート造二階建一部五階建事務所の建築賃貸を想定した収益還元法による単価を一八万六〇〇〇円とそれぞれ算出し、これらを比較して本件土地の近隣地域の標準的使用(中層事務所地)における標準価格の単価を一九万円と査定し、これに地積の規模大(一二パーセント)、不整形地(五パーセント)、崖地部分を含む(三パーセント)という諸要因について合計二〇パーセントの減価を行ない、眺望が優る点で三パーセントの増加修正を施して、本件土地の単価を一五万八〇〇〇円、総額を前記の各鑑定評価より一二億ないし一七億円低い三〇億一〇〇〇万円と鑑定した。そして、規準となる土地の価格との均衡を考慮するに当たっては、石引の標準地の公示価格を採用せず、前記の金沢市幸町九三五番一の調査価格を採用した。また、取引事例比較法による比準価格の算定に当たっては、取引事例として、昭和五二年二月ないし五四年一月の住居地域の二例(うち一例は本件土地に直近の事例)及び商業地域の三例を選択し、商業地域の事例については行政的条件による四〇パーセントの減価を施しているものである。
しかるに、石引の標準地の公示価格を採用しなかったことは前記2で説示したとおり不当とはいえないにせよ、およそ公示価格を採用せずに調査価格を採用したのは地価公示法上問題があるが、前記2及び3で説示したところに照らすと、不整形地及び崖地部分を含むことによる減価を行なったこと、取引事例比較法において行政的条件により四〇パーセントの減価を行なったことはおおむね妥当と判断される。
しかし、<証拠>、並びに金沢市内においては公知というべき本件土地の位置及び周辺環境に鑑みると、同土地の最有効使用は別表②ないし④の鑑定評価と同様公共用施設地とみるのが相当というべく、前記認定のように別表①の鑑定評価がこれを中層事務所地と判定したこと、及びこのことを前提とした収益還元法により収益価格を試算したことはにわかに首肯し難い。また、前記2で認定した本件土地の稀少性に照らすと、地積の規模大による減価を行ったことも妥当とはいえない。
7 本件土地の価格について
まず、原告らは本件土地の売買価格の単価が石引の標準地の公示価格の単価の約2.2倍高額であることをもって右売買価格が不当であると主張するものの如くである(請求原因3)が、本件土地の価格の鑑定評価に当たって右公示価格を規準とすることには問題があることは前記2で説示したとおりであるのみならず、右主張は、右公示価格につき地域的要因及び個別的要因による修正を考慮したうえでなされたものではないから、この公示価格との格差をもって直ちに右売買価格が不当であるということはできない。
しかし、各鑑定及び本件評定の検討は前叙のとおりであって(証人鐘ケ江晴夫の証言中以上の判断に反する部分はにわかには採用できない。)、そこで用いられた各手法についてはいずれも問題点があるが、別表①の鑑定評価については、そこで用いられた取引事例比較法は、前記6で検討したとおり、規模大による減価の点を除いては、概ね妥当ということができる。従って、本件に現われた証拠関係に照らすと、本件土地の適正価格は、右鑑定評価における取引事例比較法により算出された単価(一九万四〇〇〇円ないし二〇万円)について、規模大による減価を除き、右鑑定評価に即して不整形地及び崖地による合計八パーセントの減価及び眺望が優ることによる三パーセントの増加を施したうえ、同土地の地積一万九〇五二平方メートルを乗じて得られる三五億一〇〇〇万円ないし三六億二〇〇〇万円程度と認定するのが相当であり、本件契約における同土地の売買価格四二億五〇〇〇万円は適正さを欠くものというべきである。
六本件建物について
1 <証拠>に、前記三で認定した事実を総合すれば、県は当初本件建物を購入する予定はなく、売買交渉においては売主である大学において収去するよう要求していたこと、同建物の購入当時においては特段使用の予定はなかったが本多の森周辺整備計画のためとりあえず先行取得的に購入したものであること、同建物購入後、昭和五五年四月頃にはこれを県立泉丘高校の新築に伴う仮校舎として使用することが検討されたこともあったが、結局使用されないまま推移していたこと、一方、昭和四八年頃から県立近代美術館の建設を要望する関係団体の陳情、要望が相次いでいたこと、これらの要望を受けて県が設置していた「石川県新美術館設置懇談会」が、昭和五四年一二月三日、本件土地を中心とした本多の森に新美術館を早期に建設されたい旨の要望書を被告宛に提出し、被告の諮問機関である「兼六園周辺(文化ゾーン)整備懇話会」も、同年三月、建設候補地は本件土地が適当であるという考えを被告に提言したこと、昭和五五年二月に県が設置した「石川県新美術館開設準備委員会」も、同年五月二六日、被告に対し、「新美術館の基本構想について」と題して、新美術館の建設場所については本件土地が最適であり、違和感の残る既存の本件建物は開館までに撤去することが望ましい旨答申したこと、右答申を受けて、県は本件土地に新美術館を建設する方針を最終的に決定したこと、そして昭和五六年八月開始の工事により一億一〇〇〇万円の費用をもって本件建物が収去されたことが認められ(以上のうち、右費用をもって右のような収去工事が昭和五六年八月開始されたことは当事者間に争いがない。)、証人杉山栄太郎の証言中この認定に反する部分は採用できない。
この認定に照らすと、被告は、県を代表して、本件契約により、県において特段使用する必要のない建物を購入したものといわざるを得ない。
2 ところで、右のような事実関係のもとにおける本件建物の適正な価格について検討するに、前記甲第一五号証によれば、「要領」は、解体を条件として売買される建物の評価につき、「建物の解体によって生ずる素材価格から解体に要する経費を減額して求め、これと民間精通者の鑑定評価額とを比較検討の上決定する。」と規定していることが明らかである。従って、本件建物を収去予定建物として扱い、「要領」に従って鑑定評価するなら、本件建物の古さ及び一億一〇〇〇万円という収去費用からみて、その鑑定評価額は〇円になるかあるいはむしろマイナスになることが推認される。しかし、右1における認定に照らせば、要するに県としては具体的な使用の予定なくして購入したというにすぎず、必ずしも近い将来における収去を予定していたものとは認められないから、右建物が「要領」にいう解体を予定して売買された建物にあたるとして、右のような価格の評価をすることはできないものというべきである。
また、前記甲第二三号証によれば、「基準」は、「最有効使用の観点から建物をとりこわすことが妥当と認められる場合における建物及びその敷地の鑑定評価額は、当該敷地の最有効使用に基づく価格(更地としての価格)に建物の解体による発生材料の価格を加算し、とりこわし、除去、運搬等に必要な経費を控除して求める。」と規定していることが明らかであり、また証人鐘ヶ江晴夫の証言によれば、建物を採り壊すことなく、買主において最有効使用に反する建物を使用する場合には、不動産鑑定評価においては土地の価格について建付減価を行なうべきであると考えられる。しかし、前記甲第一、第三号証によれば、本件建物はおおむね同土地の最有効使用に適合していたことが認められるので、同建物の価格の評価に当たって右の「基準」に定めるような評価方法及び建付減価は採用できない。この点に関し、証人鐘ヶ江晴夫は、同建物は最有効使用に反し、その効用は皆無であると供述するが、前記甲第一号証によれば、本件建物中にはその昭和五四年当時の経済的残存耐用年数が三一年(現価率七〇パーセント)に及ぶものがあることが認められ、このことに照らしても同証人の右供述部分はにわかに採用できない。
そうすると、本件建物の購入したこと自体は右1に照らし経済的観点からみて妥当でなかったといわざるを得ないけれども、買主の主観的目的とは別に客観的に判定されるべき同建物の適正な価格は、前記甲第一ないし第五号証に照らせば、本件契約価格(六億円)程度の額であると認めることができる。
七本件契約締結行為の違法性の有無
以上の諸事情に鑑み検討するに、まず、前記五で検討したところによれば、本件土地については、被告の締結した本件契約での購入価格は適正価格より高額であり、また、本件建物についても、前記六における検討によれば、価格自体は適正であるにせよ、不要の建物を六億円もかけて購入した被告の行為自体は、経済的観点からみて不当なものであったといわざるを得ない(なお、前記三に認定の事実関係に照らせば、本件評定は、本件土地建物の売買価格につき事実上妥結した昭和五四年八月下旬頃に先立ち、既に同年六月上旬ないし中旬頃には実質的に作成されていたことが明らかであるから、右売買価格が「規則」に定める価格評定を行なうことなく決定されたとする原告らの主張は採用できない。)。
しかし、前記三で認定したような本件契約に至る経緯に鑑みれば、大学は終始本件土地建物の一括売却を主張し、またその売買代金についてもかなりの高額を強く提示して、県の提案とは平行線をたどっていたのであり、大学において必ずしも県に本件土地を購入してもらわなければならないような状況にあったとも断じ難く、県としては当時従前の主張に固執するときは本件土地の購入ができなくなるに至る可能性も多分にあったものといえる。そして、同認定のような本件土地の位置関係及び両側に既に県有地があっこと等による同土地の非代替性、県としての本多の森周辺整備計画の重要性に鑑みれば、このような場合に本件土地建物を前記認定のような代金で購入するか、あるいは購入を諦めるかは知事である被告に委ねられた政策的決断の問題というべきであって、原告らの主張する(請求原因6)のように本件土地建物の購入を差し控えなければならないものとは到底いい難い(なお、一般に、既に隣地の所有権を有している者が当該土地を併合買収する場合、あるいは立地条件に基づき場所的代替性のないいわゆる所望買いをする場合には、正常価格よりもある程度高額にて買い進むことも往々にしてあるのであって、前記甲第三、第四号証はそのような場合には通常の三〇パーセント程度高額で買い進むこともありうるとしている。)。また、大学において本件土地建物の売買代金により移転費用を賄おうとする意図を有していたことは前記認定のとおりであり、なるほど本件土地の売買代金額決定の資料から別表①の鑑定評価を除いたことは必ずしも相当ではなかったけれども、被告において右の意図に迎合し、この目的実現のためにことさらに右鑑定評価を除外して本件土地建物を前記のような代金額で購入しようとした事情も、これを認めることはできない。すなわち、前記認定のように県議会において当初別表①の鑑定評価の存在を明らかにしなかったことは議会に対して契約の内容を十分に説明すべき前記二4で述べた長の一般的な義務に反したものといわざるをえないけれども、本件土地を前記認定のような代金で購入するに至ったこと、及び本件建物を存置建物として評価した代金額で購入したことには諸般の事情に鑑みれば無理からぬものがあり、本件土地の右代金額と前記認定の適正価格との開差及び本件建物購入の非経済性を勘案しても、結局、被告において本件契約を締結したことは、その裁量権を逸脱もしくは濫用した違法な行為であるということはできないものというべきである。
八結論
以上によれば、原告らの本訴請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官寺本栄一 裁判官春日通良 裁判官原啓一郎)
別表
依頼者別
鑑定事務所別
土地
建物
鑑定
評価額合計
鑑定評価額
m2当り
鑑定評価額
①
県
財団法人
日本不動産研究所
金沢支所
千円
3,010,000
円
157,983
千円
719,000
千円
3,729,000
②
〃
三井信託銀行株式会社
金沢支店
3,791,348
198,993
724,646
4,515,994
③
大学
総合鑑定所
4,286,700
224,992
744,438
5,031,138
④
〃
石川県不動産鑑定
事務所
4,705,844
246,991
722,432
5,428,276
平均額
4,261,297
(3,948,473)
223,658
(207,239)
727,629
(注) 平均額欄の土地については②+③+④の平均額 ( )内が①+②+③+④の平均額
別紙物件目録(一)
金沢市出羽町
参番
学校用地 一四、五一六平方メートル
四番
学校用地 三、七七〇平方メートル
五番
学校敷地 四八二平方メートル
六番
学校敷地 二八四平方メートル
別紙物件目録(二)
金沢市出羽町三番地所在
鉄筋コンクリート造一部鉄骨コンクリート造
カラー鉄板葺地下一階付五階建 学校
(大学一号館)
床面積 3,976.85平方メートル
外別紙物件目録(一)の土地上に存する建物一八棟
別紙取引事例目録
一 金沢市立美術工芸大学跡宅地(金沢市出羽町、本件土地の隣地)
契約年月日 昭和四七年三月二四日
面積 二万七九二六平方メートル
売買価格 一〇億円
単価 三万五八〇〇円
売主 金沢市
買主 石川県
二 石川県厚生年金会館用地(金沢市石引四丁目三七九の三所在、本件土地の約一五〇メートル近くの宅地)
契約年月日 昭和四九年三月一八日
面積 1万9087.25平方メートル
売買価格 六億五六六九万三九五〇円
単価 五万五〇〇〇円
売主 石川県
買主 社会保険庁